ツナグソノテ。
それだけで伝わる愛があっても良いのではないだろうか。
これは、そんな妄想が生んだ幾篇かのストーリー。
それらの詩(うた)をここに奏でよう。
旧き城…古の記憶…
荘厳な雰囲気には似合わぬ彼女の声…
「こっちー。こっちに何かあるよー。」
彼女には、彼らを侵入者とみなしてくる者供の気配など、
微塵も感じられないのであろうか…
ただ、奥へ、奥へと進んでいく…
開けた間…玉座の椅子…
何かを問いかけたげな装飾たち…
「ねぇ、これナーニ。これ。」
渡された宝を確かめる彼。
刹那、背後から走る、鋭い殺気。
「来る!」
振り仰げば、深紅の翼…その名はフェニックス。
気高き咆哮が静寂を切り裂く。
完全なる不意打ちを受け、紅蓮の炎に囲まれる二人。
抵抗の間もない…焦燥…にじる汗…いけない、彼女の弱点は…
「リ…、ト…。」
倒れる彼女。
「くっ。」
炎の塊となるも、立ち向かう彼。
だが、その勇姿とは裏腹に、
紅き翼を抱くその敵に対して、
彼の力はあまりに脆弱であった。
じりじりと圧されていく戦況…
血の滴る手…壁際…折れた剣…
他に言いようの無い、完全なる苦境…
「ここまでか…」
振り下ろされる刃のごとき尾…覚悟の一瞬。
「リトをいじめちゃ、ダメーーーッ!」
焼け焦げた服…煤けた頬…
立ち上がることさえ、ままならない彼女…
目を閉じ、何事かを詠唱する。
次の瞬間。鋭き目で敵を見据える。
「ハ…サー…」
聞き覚えの無いスペル。
呼び声と共に逆巻く巨大な風の塊が、
全てを薙ぎ倒していく。
決着は一瞬であった。
静寂に帰る部屋…崩れた石柱の傍らに佇む彼女…舞い散る紅き羽根…
そっと近づき声をかける彼。
「帰ろう…」
優しく頭を包み、煤けた頬を拭う…
「エッ、グッ…。リ…リト…。ウッ、ウワァーン。」
彼の胸に顔をうずめ、不意に泣き出す彼女…
「コワかった。コワかったよー。」
彼は気付く…彼女にとって最大の恐怖。
出会ったものと別れること…愛するものが傷つくこと…
別れの辛さを抑えきれず、力が暴走してしまうこと…
まるで、そういった思いを叫ぶかのように、
せきを切って溢れ出す、彼女の涙…
彼はもう一度、その頬に触れ、軽く涙を拭く。
「大丈夫、大丈夫だから。」
大きく見開かれた瞳が彼を捉える。吸い込まれるような青。
先刻の鋭さを、まるで感じさせない、少女の瞳…
「優しいね、リト…。大好きッ!」
笑顔に戻り、抱きつく彼女。彼は抱きつかれたまま、城をあとにする。
夕日を浴びるボロボロの二人。
「エヘヘヘヘヘー。」
「何?急に。」
「えっとねぇ、そのねぇ…。手ぇ、つないでいぃ?」
上目遣いのその目を、見て見ぬふりをし、彼は何も言わずに手を差し出す。
「ふみぃ〜。」
彼女はぶんぶんと手を振りながらついて来る。
「うれしそうだね。」
「だって〜。」
二人はそれ以上何も言わなかった。
ただ、つながれたその手だけが全てを物語っていた。
全てが無に帰した世界…座り込む二人…
壮絶な闘いの果ての倦怠感…単純な疲労感…
背中越しの彼女から伝わる息遣い…
「静か…だな…」
「あぁ…」
―ガラン、ゴロン、ゴロン…
遠くで響く崩壊の音色…近くで流れる砂の囁き…
「奴のいない世界が、これほど静かだとは思わなかった…。」
―ガラン、ゴロン、ゴロン、コロ、コロ…
再び叫ぶ崩壊の声…
「聞いてくれるか。」
「あぁ…」
鳴り止む唄、音の消えた世界。
「奴は、私の“弱さ”なのかもしれない。」
自嘲気味の声が聞こえてくる…。普段とは違う、彼女…
「この世界で、私は、奴の為すがままに任せてきた。」
「…」
「怒りにまかせて破壊を繰り返す。
そんな“奴”を見て、
自らの悲しみは…苦しみは…忘れることができた…」
震える声、震える身体が調和する。
「自分は奴ほど本能的でない…。自分はまだ…。自分はまだ、
理性に基づいて行動していると、
そう慰めていただけなのかも知れない。」
それは同時に、彼女の心の震え…
「私は奴と同じなんだ!私は…奴と…」
悲嘆の独白…哀愁の調べ…
「笑え…。笑ってくれ!私は、私の“弱さ”を、“脆さ”を、
この壷に、この世界に、閉じ込めていたに過ぎないんだ…」
今…。彼女の悲しみを、苦しみを受ける器がなくなった今…。
誰がその器となれるであろうか…。
しかし、彼は言う。
「いいんじゃないか…。それでも…。」
「…」
彼は言う。自分が、その器になれるかどうか解りはしない。
しかし、彼は…
「俺には分かんないけどさ、
弱さを隠すことは、別に、恥じることじゃない…。
むしろ、それが普通じゃないか…」
驚く背中…長い静寂…
「単純…、だな。」
「あぁ、単純だ。」
短い返答。それが、彼の全て。
「フッ、お前らしいな。」
いつもの口調の彼女。再開する崩壊の音色。
―ガラン、ゴロン、ゴロン、ゴロ…
「つい、喋り過ぎたようだ。」
そっと乗せられる手…重ねられる濡れた指先…
「すまない、みっともない所を見せてしまった。
寂しくなってしまってな…。
もう少し…このままでいさせてくれるか…」
「あぁ…」
永遠とは言えない時の中で、
二人は崩壊の独奏曲に耳を澄ましていた。
全てが終わり、始まった夜…
あの漆黒にも似た空…街の灯り…
劇的な再開とはいかなかった。
だが、彼は思う。
それでもいい…それでもいいと…
「背…、少し伸びた?」
寄り添う彼女。その表情は…困惑、だろうか…
短い、沈黙…
「そう…かな…」
彼は、今までずっとこんな風に、
隣で座っていた感覚を受けていた。
彼女もそう思ったのかも知れない。
でも、違う。
今、隣にいる彼女…それが真実…
「向こうの世界はどうだった?」
「まぁまぁ…だったかな…。
時間…かかったけど…」
再び流れる沈黙。
そう、その雰囲気(せかい)を変えるのは、いつも彼女だった。
「もう、ホント!不器用なんだから!」
重ねられる手。震える指先。
「ずっと…待ってたんだよ…」
目と目が触れ合う…潤んだ瞳…握られる掌…
その掌から、彼女の感情の端々が伝わってくる…
彼は紡ぐ…溢れ出す素直な言葉…
「ごめん…。もう、離さないから…。」
強く握り返す、その手…。
神である前に、人である前に、
今の二人には、ただ、互いのみがいると…
それを確かめるように…強く、強く…
「約束…だよ…。
破ったりしたら…、今度こそ…、許さないんだから…」
返事の変わりに、か細い身体を
精一杯、ひしと抱きしめる彼…
その気持ちに、偽りがないことを
噛みしめるように、ゆっくりと抱き返す彼女…
ただ、互いのぬくもりだけを感じて、
漆黒の闇に佇む二人…
あの光より、はるかに温かい、
闇に抱かれて…