Nepheshel 〜閉ざされた世界の中で〜

著者:ヴィシル

第一章

寄せては返す波の音は語る。
栄えと滅び、そして静寂。
ここは全ての始まりの地。

広い海の中にポツンとある一つの島。
皆は閉ざされた島とよんでいる。
この島には強力な呪いがかけられており、
一度島に入るとその者は全ての記憶をなくすという…。
その島に近づいた者達はそのまま記憶をなくし、そこに住み着くようになり、いつしか町が出来た。
そんな町に住む薬草売りの少女、イリスは薬草摘みの帰り道にふと海岸に立ち寄った。
人が流れ着いていた。
「(またか……)」
なにも珍しい事ではない。
この島に流れ着き、記憶を失くして一生をここで過ごし、死んでいく。
今まで何百年とそんな人達を見てきた。
いつもやる通りに、担ぎ上げ、助ける。
重い…。少女が青年を担ごうというのだから、きついのは当然である。
それでもなんとか町まで戻り、そこからは町の人に手伝ってもらう。
青年は自分の家のベッドに寝かせた。これで一安心だ。
そのままイリスは薬草を加工するために下に降りる。

深淵は問い続ける
汝は何を願い、何を求む
汝は手にしたその力を
誰がために使う
全ての答えは汝の内に…

その時はまだ誰一人として気付いてはいなかった。
世界が今、幾度目かの転機を迎えている事に……。

何もない空間………。
そこに自分はいる。刹那、閃光が走った。
その中で一人の少女が見えた気がした。そして、意識が朦朧とする。
目をゆっくりと開ける。そこには天井があった。
部屋の中のようだ。どうやら自分は寝ていたらしい。
なぜ寝ていたのか…。そのいきさつを思い出そうとするが、思い出せない。
いや、それどころか自分の生まれ育った場所やいるはずであろう親の事すら思い出せない。
そんな時、部屋の端にあるドアが開く。そこから一人の少女が入ってきた。
どうやらこの家の住人のようだ。
「お目覚めですか? 私の名はイリス。この町で薬草売りをしています」
少女は丁寧に自己紹介をする。
「あなたが島の海岸で倒れているのを見つけてここに運んできました」
その後、イリスはさまざまな事を教えてくれた。
ここに人が流れ着く事は頻繁に起こるということ。
そして流れ着いた者は全ての記憶を失くすという事。
さらにこの島から抜け出すのはあまりにも困難だという事。
故、この島の名は閉ざされた島。
…と一通りのことを話した後、イリスは自分の名前は覚えているかと聞いてきた。
そこでオレはさっきふと頭の中をよぎった言葉を自分の名前にすることにした。
「リト…だ……」
名前を聞いた後、「この部屋は自由に使ってください」と言い残して、イリスは部屋を出て行った。
起きてもよかったが頭の中を整理しようと、オレは未だに横になっている。
―――漆黒の迷宮―――――
イリスも言っていたこの島にあるといわれているダンジョン。
この言葉がさっきから頭から離れない。
どうやらオレは記憶を失う前、そこを目指していたようだ。
どうしても行かなければならない理由があったのか。
それともただ単純にそこを目指していたのか。
今となってはその目的は思い出せないが、とりあえずそこを目指せばなにか答えがある。そんな気がした。
しばらくした後、オレはベッドから出た。そのまま、部屋を出て階段を降りる。
下に降りてみると、イリスが「体はもう大丈夫なんですか?」と聞いてきたのでとりあえず「大丈夫だ」と答えた。
その後、イリスに知りたい事があるのなら、酒場に行くのがいいと薦められたので玄関から家を出る。
外には小さな町が広がっていた。武器屋、酒場、よくわからない店、それに薬草はイリスの家で買える。
冒険に出るのに困ることはなさそうだ。
とりあえず、酒場に入ってみる。中にはオレと同じく、ダンジョンに潜ると思われる冒険者がたくさんいた。
カウンターに座るとこの酒場のマスターらしい人物が声をかけてきた。
「おや、初めて見る顔だね。その身なりは、君もダンジョンに潜るつもりらしいね。
この酒場はそんな冒険者に情報を与えているんだ。何か知りたい事はないかい?」
そう話しかけてきたのでとりあえず今知りたい事を聞いていくことにした。
「…漆黒の迷宮って、なんなんだ?」
「いきなり、その質問か〜」
マスターは参ったような顔をする。聞いてはいけないことだったのか?
「漆黒の迷宮はこの島の何処かにあるといわれているダンジョンだ。皆、そこを目指して、日々ダンジョンに潜っている」
「そこを目指してダンジョンに?」
「ああ、噂では漆黒の迷宮へはどこかのダンジョンを経由して行くしかないらしい」
「なるほどな……」
「今まで、いろんな人が漆黒の迷宮を目指して旅をして来たが、未だかって漆黒の迷宮にたどり着いたものは居ない」
「漆黒の迷宮に行く事はそんなに難しいのか?」
オレはそう問いかけてみる。
「ああ、なんせ、この島にあるほぼ全てのダンジョンが危険だからね。漆黒の迷宮へ
の入口を探すところで皆命を落とすのさ」
…それでも……、オレはそこを目指さなくてはならない。そんな気がしていた。
「じゃあ、初心者でも潜れるような、比較的安全なダンジョンはないか?」
マスターはなぜか待ってました、と言わんばかりに即答する。
「それなら、王の墓所がいい。この町を出て、南に行った所だ。あそこで死人が出
たっていう話は未だに聞かないからね」
「そうか、ありがとう……」
その後、一通りの話を聞いたので、オレは酒場を出る。帰りにマスターが、
「王の墓所、最初の犠牲者にならないように気をつけろよ〜」
と言っていた。…縁起でもない………。
そのまま、酒場を出る。南に行くと、門が見えた。ここから外に出れるらしい。
とりあえず、今日はイリスの家で休んで、出発は明日にすることにした。
部屋の中でイリスが俺の近くに落ちていたと言っていた荷物の中身を見てみた。
中には1振のダガーと、薬草、お金が100Gほど、そして1冊の本が入っていた。
「導きの書………」
俺は本の中を見てみる。内容は……

閉ざされた島の奥深く 漆黒の迷宮の底には
人が触れてはならない途方もないものが眠っている

だけだった。
「…なんだこれ………?」
袋の中にはもう一つ、とてもきれいな宝石のようなものが入っていた。
「…まあいいや…、今日はもう寝よう……」
余り深く考えず、俺は眠りについた。
翌朝―――――
イリスと挨拶を交わした後、薬草と食糧を買って、町を出る。
酒場のマスターの言ったとおり、南に大きな古墳がある。
行ってみると、はしごがあった。それを伝って下に潜る。
中は不思議とそこまで暗くはない。
しばらく進んでいくと、モンスター、スライムが現れた。
そいつらを倒していくが、スライムの体は弾力性があるので、突き用の武器であるダガーでは致命傷が与えられず、苦戦する。
そのままさらに進んでいくと、不自然な壁を見つけた。そこだけなぜか、色が少し違う。
怪しく思って壁を押してみるとゴゴゴッと音を立てて、壁が前にずれていく。
「隠し扉か……」
中に入ってみると小さな部屋のようになっていた。
奥のほうには宝箱が2つ。早速開けてみる。
1つ目の宝箱には短めの剣、ショートソード。
そして2つ目の宝箱には皮でできた鎧、レザーアーマーが入っていた。
早速、それらを装備しているとまたスライムが しかし今度のスライムは少し大きめで、体の色も違う。
幻想的な青い色をしている。
どうやら、さっきのスライムの上位種のようだ。
「……………」
俺は黙って剣を構える。
スライムは物凄い勢いで体当たりをしてきた。
それを俺はどうにか交わし、すかさずショートソードで斬りかかる。
ダガーとは違い、斬撃用の剣であるショートソードはスライムに致命傷を与え、一撃で倒す事ができた。
額を流れた汗を拭い、俺はその部屋から出る。
しばらく進んでいくと、奇妙な機械が安置されていた。
「これ…、街にもあったような……」
そうだ、街の門付近にこれと似たようなものがあった。
「なんだろ、これ……」
使い方が全く分からなかったので俺は気にせずに進むことにした。
今度はコウモリが姿を現した。
しばらくは剣で攻撃していたがなかなか命中しない。
「くっそ……」
仕方なくコウモリから逃げる。
徐々に追っているコウモリが増えていく。既に10体以上はいる。
「このままじゃ…まずいな…」
コウモリは意外と素早く、このままじゃ追いつかれる。
運良く追いつかれる寸前で隠し扉を見つける。
中には真紅の翼を持ったコウモリ…。恐らくは最上位種だろう…。
「…余計、まずい事態じゃないか………」
全速力で逃げる。追いつかれたら本当に一巻の終わりである。
不自然な壁を見つける。いや、これと言っておかしな所はないのだが、何かがある気がしてならない。
リトはその壁を押してみる。
ゴゴゴゴゴゴゴッ
「やっぱり……」
思ったとおり隠し扉があった。
中には守護が居たので宝箱を取って無我夢中で逃げる。
宝箱に入っていたのはアサシンダガー。
暗殺者が使うといわれている毒入りの短剣である。
リトはそれを装備する。
やがてコウモリが襲ってくる。しかし……
ドシュッ
ショートソードと違って、短剣で振りやすいアサシンダガーはすぐにコウモリに命中した。
そのまま、コウモリを足払いつつ、進んでいく。
宝箱を見つけた。中には鍵が一つ入っていた。
墓守の鍵という字が彫ってある。
行き止まりのようなので、戻って別の道を探す。
程なくして道は見つかり、先に進んでいく。
木で出来た守護が何体もいる。
しかし、こちらを攻撃してくる様子はない。
「既に破壊されているのか…?」
そう思い、奥にある青い扉に近づいた瞬間、カチッという嫌な音がした。
恐る恐る後ろを見てみると、予想通り、さっきの守護が一斉に襲ってきた。
必死の思いで扉を開こうとするが、開かない。
とっさにさっき手に入れた、鍵を使ってみる。
扉は開き、リトはすぐさま部屋に逃げ込む。
あと、少し逃げるのが遅くなればマスターの言っていた王の墓所最初の犠牲者になっていた事だろう…。
「間一髪だったな……」
だいぶ落ち着いてきたので部屋を見てみる。モンスターの気配はない。
部屋の奥には棺があった。傍には宝箱が2つと石版に文字が彫られていた。
宝箱の中身は金と途中までしか載っていない(続きらしい所は破られている)本があった。
石版には
"恐ろしき王をここに封印す"と書かれている。
恐る恐る棺の蓋を開ける。
中には首のない人骨と一冊の本があった。この本も途中で破れている。
「この骨が……、王なのか……」
不思議な感じがした。妙に懐かしく感じるのである。
記憶を失う前、ここに来た事があるのだろうか……。
いや、何か違う気がする。
「考えてても仕方ない…、出よう……」
そこから、またもと来た道を戻って俺は墓所を後にした。
外に出てみると周りは夜だった。
ダンジョンから出て安心したのか、急に睡魔が襲ってくる。
しかし、もう少しで町に着くのでどうにか眠い体を引きずって町に戻った。
家に帰るともう夜も遅いというのにイリスが出迎えてくれた。
ずっと起きていたようだ。
眠かったので軽く会話を交わして上に上がる。
部屋に入ってベッドに腰をかけた。
「ふぅ〜………」
思わずため息が漏れる。
ふと、荷物入れの中にある二冊の本のことを思い出し、袋の中から出す。
一つ目の本は「ある女神の物語」という物語を描いた本。
病気や飢えで苦しむ人々を女神が救うという話のようだ。
途中から女神を巡る戦争に入っていくようだった。
二冊目は召喚の秘術。この本は魔神のことについて書いてある。
この本によると魔神は人とは比べ物にならないほどの力を持ち、普段は壺の中に封印されているらしい。
詳しい事は良く分からなかったが、とにかく魔神を手に入れることが出来れば、心強
い味方になってくれるのは確かだろう。
横になってこれからどうするかを考えていた。
……が気がついたら俺は深い眠りについていた。
―――明くる朝
俺は太陽のまぶしい光と小鳥の囀りで目が覚めた。
昨日の疲れはまだ取れきっていないし、いろいろと酒場で聞きたい事も出来た。
今日はダンジョンには向かわずにブラブラすることにする。
下に降りるとイリスが
「おはようございます、今日もいい天気ですね」
と挨拶をしてくれたので俺も返事をする。
朝食はパンとコウモリの翼が入っているスープだった。
味は結構良かったが、それ以上に昨日、バットに散々追い回されたのが思い出された。
朝食も食べ終えたので俺は家を出て、真っ直ぐ酒場に行く。
扉を開けるとカランカランという音がした。
「おっ、生きて帰ってきたか。新米君」
「それ、洒落になってないよ……」
苦笑しながらカウンターに着く。
墓所の時はあまり情報を聞かなくて苦労したので念入りに冒険者から情報を貰う。
その話によると、骨董品屋で何やら怪しげなものが入荷されたらしい。
「あそこには行かないほうが良いぞ、妙な物売りつけられるから……」
とは言われたが、何やら気になったので酒場を出て骨董品屋に向かってみた。
中は名前どおり、壺や腕輪やなんだかよく分からないものがたくさんあった。
そしてカウンターには一つの大きな壺があった。
なんとも不思議な感じが漂っている。上の方はスカイブルーで装飾されている。
とにかく他の壺とは全く違う。ひょっとしたらこれが魔神の壺かもしれない。
「この壺が気になるのかね……?」
あまり長い間、マジマジと壺を眺めていたので骨董品屋のおじいさんにそう聞かれた。
「この壺には、大昔、この島で破壊の限りを尽くした魔神が封印されておる!!」
やっぱりそうか……、俺はこの壺が魔神の壺だと確信する。
「これ……、幾らですか?」
俺はそう質問した。
「ふむ、今ならこれだけの品がなんとたったの2000Gじゃ」
……結構値が張る…。それに酒場の人達があんなことを言っていたし……。
「まいどあり〜」
結局買った。いや、買わされた。
あの後、「なら、遠慮しときます……」と言ったのだが、
「何を言う、これだけの品がなんとたったの2000G! 2000Gじゃぞ! 買わなきゃ絶対に損するぞ!!」
と凄い勢いで凄まれたので勢いに呑まれて買ってしまった。
「どうするよ、これ……」
とりあえず、道具屋に戻る事にした。
入り口でイリスと数人の客が俺が大事そうに抱えた壺をジッと見ている。
ハッキリ言って恥ずかしい。
結構重い壺なのだが、可能な限りのスピードで俺は階段を駆け上がって行った。
部屋にあるテーブルの上に壺を置く。
召喚の秘術を慎重に読み、魔神との契約の仕方を調べる。
「まずは壺を開けるんだな……」
恐る恐る壺の蓋を開ける。
魔神の中には、いきなり主を食い殺してしまうような凶悪な魔神もいるらしい。
どんな魔神なのだろう、期待と緊張が胸の中を巡る。
やがて、壺から闇が生じ、辺りを覆った。
まるで異空間にでも飛ばされたようだ。
目の前には壺だけがあった。
「みい?」
いきなり壺から顔が出てきた。
女の子だ………。
「これが……、魔神……?」
……いや、違う。きっと何かの間違いだ。
「……………」
俺がなんと答えるべきか躊躇していると、女の子は相変わらず、
「みいみいみいみい。みいみいみぃ、みいみいみいみいみぃ?」
と鳴き声のような言葉を話す。
どうやら何か質問しているようだが……。
「(こういう時は……)みいっ、みいみいみぃぃっ!」
意味は分からなくても、真似をするに限る。
はっきり言うとかなり恥ずかしい。
さっきからこんな思いをしてばかりである。
「みぃ〜いみいみいみぃ〜 みいみいみぃぃみい〜みいーふいーみ〜みいみぎゃ〜!」
そう言うと、女の子は壺から出てきた。
「みい! ファルなの。よろしく〜」
そういうといきなり抱きついてきた。
「(魔神なのか……?、これ……)」
俺はとにかく戸惑った。
言うまでもなく俺がイメージしていた魔神とは全然違う。
ファルと名乗った少女は相変わらず抱きついたままである。

第一章あとがき

だいぶ前に自分のサイトでアップした小説をあげた訳ですが、こういうのはアリなんでしょうか。
もし、ダメだったらごめんなさいです^^;。
一応、自分のサイトの方では既に第六章まで仕上がっていますので(←蛇足)。
あと、久しぶりに自分で読んでみるとこの頃ってリトの一人称だったんだな〜とかw
(いつの間にか三人称の小説になってる)。
と、短い後書きですがこの辺で失礼させてもらいます。

PS.掲示板等に感想など頂けるとこのヘタレは泣いて喜びます。闇に抱かれて…

第二章

ファルを仲間にした次の日、俺は王の墓所に来ていた。
ゲートから王の間のすぐ前にいる。
これから、北の方にある扉の向こうに向かうつもりだ。
青い扉を墓守の鍵で開ける。
扉の向こうは墓所よりももっと原始的な洞窟が広がっていた。
しばらく進んでいくと、火の玉が突如出てきた。
剣を構えて、火の玉の不規則な動きを良く見る。
そして一気に走りよって斬りかかる。
火の玉は突然炎を出して、俺に攻撃してくる。
それを交わし、返り際に斬りつける。
「なんだ、この感じ……」
さっきから攻撃は当たっているのだが、手応えがない。
空気でも斬っている感じだ。
「風よ、悪しき者を切り裂く刃に… サー!」
ファルが呪文を唱えた。
その瞬間、疾風が生じ、火の玉をそのまま押し流してしまう。
「……………」
凄い……。素直にそう思った。
「ファルの本気はもっと凄いんだよ〜」
彼女曰く、本気はこれ以上に凄いらしい。
やはり魔神である。人間とは比べ物にならないくらい強い。
そのまま、火の玉の追撃を逃れつつ進む。
「! リト〜 ゲートがあるよ〜」
ファルが言ったとおり、そこにはゲートがあった。だが
「ゲートクリスタルがないな」
「……リト、クリスタル持ってないの〜?」
俺は無言で頷いた。
クリスタルは持ってない。しかも、近くに宝箱もない。
ただ、四方に道が続いているのみ。
「とりあえず、どれかに進んでみるか。南は今来た道だから……」
と俺が考えていると
「みい! あっちだよ、きっと。そんな気がするもん」
と言いながらファルが俺の手を引っ張って右の通路を進む。
でもまあ、悩んでいても仕方ないのでそのままファルに従う事にした。
通路を進んでいくと程なくして宝箱を見つけた。
中には宝石が。ゲートクリスタルである。
「やったね〜、リト〜!」
「ああ………」
俺は一つ気がかりな事があった。
通路はまだ続いている。
「これ、どこまで繋がってるのかな……」
よせばいいのにそのままその通路を進む。
少し広い空間に出た。奥には階段がある。
「とりあえず、上ってみようよ〜」
「そうだな」
そう言って階段に近づいた瞬間、
ゴゴゴゴゴゴゴッ
地響きがなり、階段はなぜか姿を消し、代わりに王の墓所でも見た木で出来た守護が出てきた。
「な〜〜〜〜!!」
凄い数の守護だ。このままでは囲まれてしまう。
「みい〜〜〜〜〜!!」
ファルはよほど怖いのか、俺の手を掴んで離さない。
俺はひたすら逃げた。けど、出口がないのでは逃げようはない。
「出口…、待てよ」
良く考えてみたら出口はある。焦って見つからなかっただけだ。
だが守護はもうすぐそこまで迫っていた。


俺達はゲートの前にいた。
あの後、俺とファルはもと来た隠し扉に戻ったのだ。
恐らくそれが唯一の出口だったんだろう。
そこでしばらく休んで今度は左の通路に進む。
奥にはコボルトの群れがいた。なるべく見つからないように進んでいくが、それでも見つかってしまった時は、コボルト達を蹴散らしていった。
「リト〜、隠し扉みたいのがあるよ〜」
ファルが隠し扉を見つけた。とりあえず中に入ってみる。
「……ファル……、この状況、どう思う………」
「どうって…、ここ…、コボルトの巣みたいなの〜」
そう。周りには何十匹というコボルトが潜んでいたのである。
俺たちはとっさに踵を返そうとした。だが時既に遅し。
コボルト達が俺たち目掛けて迫ってくる。もう逃げられそうもない。
「水よ、全てを押し流す力となれ、バマー!」
今、ファルが唱えたのは水の魔法、バマーの呪文。
その力は凄まじく、コボルトは一瞬にして、水に飲み込まれた。
「だあああぁっ!!」
俺も傍にいたコボルトに斬りかかる。
だがこれだけの数。とても相手にはしていられない。
正面のコボルトをあらかた蹴散らした後、周辺の宝箱を調べ(クリスタルもあった)その部屋を後にした。
「ハァッハァッ……」
「みいっ……、怖かった〜」
今思うと、なぜあの時宝箱を取ろうとしたのだろう。
自分はここまで貪欲だったのだろうか……。
けれどこれは絶対に手に入れるべきものだと思った。
ゲートクリスタルとはまた違う宝石。不思議な感じがした。
何はともあれ、しばらく休んで先に進むことにする。
「これは………」
進んでいってみると、途中から周りの風景が一変した。
さっきまで普通の洞窟だった。周りの壁は茶色っぽかった。
けれど今いるところはなにやら周りの壁が白っぽい。
「アストラルゲートだ」
とりあえずゲートを見つけたのでクリスタルをはめる。
「リト〜、今日はもう一旦戻ろうよ〜、ファル、クタクタなの〜」
「そうだな、一旦戻ろう」
ゲートに触れ、空間を移動する。
程なくして町に着いた。
ファルには先に帰っておくように言っておいて俺は一人酒場に向かった。
俺が扉を開くとカランカランッという音がした。
「いらっしゃい」
マスターが挨拶する。俺は側のカウンターに座った。
「今日はどんな土産話を持ってきたんだい?」
…一番のビッグニュースといえば魔神を手に入れた事だろう。
けれどアレ(ファル)を魔神だといっても誰も信じてはくれない気がする。
ファルのことは秘密にしておく事にした。
「地底回廊に行ってきた」
「地底回廊か〜、あそこに行った冒険者はほとんどいないからなんかでかい財宝でも手に入れたんじゃないか〜?」
「いや、変わったものといえばこれぐらいだけど……」
そういって俺はコボルトの巣で見つけた宝石を見せた。
「これか〜、で、なんなんだ?」
マスターがそう尋ねてくる。
「俺にもわからないよ……」
「……………」
「……………」
しばしの間の沈黙。
「……そうだ、今度はどこに行く気なんだ?」
マスターが話をきり出した。
「地底回廊を抜けたら白っぽい壁のある洞窟に着いたんだ。そこに行ってみようと思ってる」
「白っぽい壁…、海岸洞穴か……」
マスターはその洞窟を知っているようだ。
「気をつけろよ、あそこは凶暴なモンスターが多いって聞くから」
「そうか、ありがとう…」
そう言って俺は酒の残りを一気に飲み干し、酒場を出た。
「……………」
あの宝石を見る。どうも気になるのだ。
骨董品屋なら何か分かるかもしれない。
そう思って言ってみた。
「おおっ! これはセンスオブワンダーではないか!!」
何やら店の主人は驚いている。結構すごい宝石のようだ。
「今度からダンジョンに行く時はこれを必ず持っていきなさい。きっと役に立つ」
店の主人はただそれだけ言った。
とりあえず家に戻る事にした。
中ではイリスが世話しなく働いていた。
時刻はまだ夕方前である。
特にやることもなかったのでイリスの手伝いをすることにした。
程なくして俺は異変に気付く。
「…イリス…、ファル知らないか?」
「一緒じゃなかったんですか?」
そう、先に帰っているはずのファルがなぜかいないのである。
その頃……
「ふい〜、リト〜。どこなの〜?」
ファルはなぜか町から遠く離れた場所、地下水道にいた。
「クラゲさんがたくさんいるの〜」
ファルの言った通り、ここには異常な数のクラゲがいる。
それらから逃げながら進む。すると少し広い場所に出た。
「!! 人が襲われてる!」
見ると一人の女性が、クラゲに襲われていた。
すぐさまファルが助けようと攻撃呪文の詠唱を始める。
だが……、
ボコッバキッドゴッ
「え………」
そこには信じられない光景があった。
女性が無事だっただけならまだしも、クラゲが見るも無残な姿になっていた。
「(ふい〜早く逃げないと……)」
ファルは本能的にそう思った。
だが、その瞬間に女性に声を掛けられる。
「そこのお嬢さん、ちょっといいかしら……?」
「(みいいいいぃっ!!)」
ファルは目一杯に涙を浮かべている。よほど彼女が怖いのだろう。
「あの〜、聞いてます?」
「ハッハイ!」
無論声は震えている。
「じつはその〜、道に迷ってしまって…、帰り道を教えてくれませんか?」
「(ええ〜〜!? ファルには無理だよ〜)」
それは当然である。何しろ、ファルも今道に迷っているのだから。
「教えて…くれませんか?」
目が笑っていない状態でそう口にする女性。はっきり言って怖い。
教えなかったら殺される、ファルは本能的にそう察した。
(実際は魔神なので、直接的な攻撃では絶対に死なないのだが……)
「えっと〜、多分こっちに行けば……」
「そう、ありがとう。じゃあ一緒に行きましょうか」
「うん……」
しかし、運悪くその道は間違っていて、気がついたら二人は海岸洞穴へいた。
「これは…、どうなっているのかしら……」
「みいいいいっ!!」
ファルの声は完全に涙声になっている。
「(あっ、そうだ!)確かこの辺りにゲートが……」
「まあ、そう言うことでしたの」
とりあえず女性を怒らせずには済んだようだ。
程なくしてゲートに到着し、その中に入る。
その頃……
「う〜ん、一体どこにいるんだ?」
リトは相変わらずファルを探している。
とその時、ヴヴヴヴッという機械音が鳴り、ゲートが姿を現す。
「な、なんだ?」
ゲートからはファルと見知らぬ女性が出てきた。
「リト〜、ようやく会えた〜」
なぜかファルは涙目になっている。
「ファル、今まで一体どこに行ってたんだ?」
「う〜ん、わかんない。クラゲさんがいっぱいいて、この間行った洞窟につながってたの〜」
「……で、その人は……」
「私は道に迷っていた所をこのお嬢さんに助けてもらいまして……、図書館を経営しているユーノといいます」
女性は自己紹介をした後、図書館に戻ると言って、去っていった。
ファルも戻ってきたので俺も家路につくことにした。
―――そして次の朝
自分の部屋で身支度を整える。
下の階に降りて、朝食を取った後、イリスから薬草を買って俺はゲートの前に手を出した。
それに反応してゲートは道を開く。
程なくしてこの間、見つけた海岸洞穴の入口に着いた。
「よし、行くぞファル」
「うん」
周りには巨大なイカが何体もいる。
見かけによらず、動きが速くそれにやたら打たれ強いので倒すのに苦労した。
洞窟の中はかなり複雑になっている。
「迷ったら最後だな……」
運良く俺はそのまま抜ける事が出来、広い空間に出る。ゲートもある。
だがクリスタルがない。
「参ったな…、どうしよう……」
奥には洞窟が口をあけている。
とりあえず入ってみることにした。
中は結構広くて人魚が目を光らせている。
「ふい〜、リト〜 怖いよ〜」
「…走り抜けるぞ!!」
俺達は何十匹という人魚の群れの中を全力で走り抜けていった。
当然人魚達は後から後から増えていく。
上から見たら多分すごい光景だ。
「うえ〜ん、リト〜。ファルもう走れないよ〜」
「頑張れ、お前なら出来る!」
とか言ってるが俺も大分息が上がってきている。果たして逃げ切れるだろうか。
「う〜・・・、雄風よ! 万物を薙ぎ倒す力に! シアル・サー!」
もう走れないなら敵を走れなくすればいい。そう考えた結果、ファルは人魚達に攻撃魔法を加えた。
人魚達はとっさの事に対処できず、一気に吹き飛ばされる。
だがだからといって休めるわけではない。次から次へと別の人魚が出てくる。
「みいいいっ〜!!」
「やっぱ走るぞ、ファル!」
その後、どうにか人魚達を巻く事が出来た。
少し狭い空間。ゲートもある。そしてその傍らに人骨が転がっていた。
「ここで、息絶えたのか……」
人骨に黙祷を捧げ、恐らくこの人のものであろう傍らにあったクリスタルをゲートにはめ込む。
洞窟自体ももうすぐ行き止まりのようだ。
折角なので最後まで進もうということになった。
「あれは……」
洞窟の最奥にはファルが入っていたのと同じような壺があった。
魔神の壺だ。赤っぽい装飾が施されている。
とりあえず、手に入れようと足を進めた瞬間、
「!! リト! 危ない!」
ファルが叫んだ。そしてその瞬間、湖から人魚が姿を現す。
その人魚は今までの人魚とは比べ物にならないような殺気を放っている。
「ウェパル………」
古代の王が、魔神とは別に使役していた悪魔の一人。
何故だか知らないがそんな記憶があった。
俺は道中に手に入れた槍、トライデントを構える。
ファルもロングソードを握る。
「でやあああっ!」
俺はウェパルに突きを加える。
しかし、その攻撃はあっさり交わされる。
そして湖の中にもぐりこみ、その中をぐるぐる回っている。
「水の中にいたんじゃ攻撃のしようが……」
そういった瞬間にウェパルが飛び出して持っている鉾で俺の腹を突いてきた。
「くっ……」
「リト! シアル・サー!」
雄風でウェパルを一旦退ける。
俺はその間に体勢を立て直し、ファルに意識がいっているウェパルの背中を突いた。

途端、悲鳴を上げてウェパルは倒れる。
「ふうっ………」
どうにか倒せたようだ。
「リト、壺を……」
「そうだな」
俺は改めて壺に手を伸ばす。
瞬間、辺りは光に包まれ、闇が訪れた。
そしてその中心にある壺から一人の女性が出てきた。
「私はティララ。呼んだのはあなた?」
桃色の長い髪を後ろで結った少女。
魔神…、なのだろうか……。
少女は俺の顔を見ると少し驚いたような顔をした。
「そう、戻ってきたのね……」
そう言うと懐かしそうな顔をした。
…どこかで会った事があるだろうか…。
そんな気もするが……。
「さあ、今度はわたしに何を望むの?」
俺が黙っているとティララはそう言った。
「力を…、力を貸して欲しい」
ティララは少しため息をついたかと思うと、
「まあいいわ、あなたが目指す場所は、前と変わってないから」
そう言うとティララは壺から出てくる。
「今度こそ辿り着こうね!」
言っている事は良く分からないがどうやら仲間になってくれるようだ。
俺は安心してティララの壺を道具袋に入れた。
少し戻って目の前にはゲートがある。
そこから町に戻った俺たちはすぐに道具屋に行った。
そしてイリスに挨拶を交わすと自分の部屋にあるベッドに倒れこんだ。
洞窟の中に居たので気付かなかったが、外はもう夜だ。
疲労のせいもあり、睡魔が襲ってくる。
その睡魔に逆らうことなく眠りについた。
光がある。小鳥は囀っている。朝である。
俺は目は覚めたが、体は起こさないまま、昨日のことを思い出していた。
あの後、ティララは俺の腹の傷を見て両手を傷口にあてがったかと思うと、そこから光があふれ、傷は癒えていった。
ファルと会った時にも感じたのだが……。
魔神とはなんなのだろう。
ファルのように風や水を自在に操る力。
ティララのように傷ついた者をたちまち癒す力。
人智を超えた力を持つ者。
それすなわち魔神。
本にはそう書かれていた。
疑問を頭に残したまま、俺はベッドからようやく起き上がった。

第二章あとがき

第二章です。え〜と、とりあえずティララまでゲットですね。
Nepheshelの攻略は王の墓所→地底回廊→神殿と行く人が多いようですが、私は神殿より先に 海岸洞穴を攻略していたりします。なので、小説もこの順序にw
次章ではリトの過去について少し扱って行きたいと思っています。
それではこの辺で失礼します。

PS.掲示板等に感想など頂けるとこのヘタレは泣いて喜びます。

第三章

朝――――。
小鳥は囀り、日は万物を優しく照らし、心地よい風が窓から入ってくる。
そして目の前には顔が……
「顔っ!?」
そう、目の前にはスカイブルーの長髪の少女の顔があった。
「みい〜 リト、おはよ〜!」
「…おはよう……」
ファルはリトの上にちょこんと乗っていた。
「とりあえず退いてくれないか?」
「りょーかい〜」
そう言うとファルは床の上に着地した。

階段を降りていくと、ティララと出会った。
「あら、リト。おはよう」
「おはよう」
「おはよ〜なの。ティル〜」
三人は挨拶を交わす。
ちなみにティルとはファルがティララにつけた呼称だ。
イリスにも挨拶をしてテーブルに座る。
テーブルの上には、パンとコウモリの翼のスープがあった。
典型的な朝食。だが、リトはこれを気に入っていた。
昨日までと違って、テーブルには四人座っている。
しばらくは特に喋らずに目の前にある食物を口に運ぶ事に皆集中していた。
先程からティララがリトを見つめているのに、ようやく本人は気付いた。
「なに?」
「えっ? いや、なんでも……」
突然、声を掛けられティララは慌てふためいて答えた。
その言動を不審に思いつつも、リトは深く追求しない事にした。
「(こうしていると…、昔のことを思い出しちゃうわね…)」
大体、みんな食事を終えて席を立つ。
食器を流しに置くなり、
「じゃあ、酒場にでも行って来る」
そう言ってリトは玄関を出た。
酒場に着くと、なぜか皆がこちらのほうを見ていた。
「いらっしゃ〜い」
マスターは好奇心と殺意(?)の入り混じった視線を向けてきた。
その視線の先には…ティララがいた。
「(なんでいるんだ〜!?道具屋にいろって言ってたのに〜)」
リトは小声でティララに言った。
「あら? 別にいいじゃない」
「図書館の司書さんに聞いたんだが、他にも女の子がいるらしいね」
「……………」
とっさにこいつらは魔神だ、と言おうとしたが、それで酒場の皆が
ファルやティララを変に避けだしたら、彼女達が可哀想だと思いやめた。
「全く、そっち(・・・)の方の手は随分と早いんだな」
だからどんな事を言われても耐えよう。
「(何でこんな事になってるんだ?俺……)」
だがそもそもこんな人間(に見える)の少女達を
魔神といっても信じてはくれないだろう。
「と、とにかく俺はもう退散するから……」
何のためにきたのか分からないが早いところ立ち去りたい気分だった。
「はあ、精神的にかなり疲れた……」
「リト〜、ようやく見つけたの〜」
見ると正面からファルが突進してくる。
そしてそのまま得意技のだっこぎゅーをリトにお見舞いする(←?)。
「(もう…、頼むからおとなしくしてくれ……)」
余談だが、その様子を見てティララはなにかムッとした表情を浮かべていた。
「ファル……、頼むから退いてくれ」
そう言って、リトはファルを退けた。
「ふい〜」
そのままその日は道具屋に戻って眠りについた。


「嫌だ! やめてくれー!!」
男がそう叫んだ瞬間、周りを光が覆った。
傍らには赤髪の男と黒髪の大男が立っている。
そして、先ほど叫んだ男がいた場所には、男の姿はなく、
変わりにとんでもなく巨大な人間がいた。
否、既にそれは人間と呼べるものではなかった。
「また…、失敗したのか……」
「申し訳ありません」
「これで何回目だろう…、
人間を魔神に変えようと試みても出来上がるのはゾンビか自我が崩壊した巨人だ」
黒髪の男は魔神である。主の赤髪の男の命令により、
人間を魔神に変える実験の手助けをしていた。
「この巨人も奥の抜け道に捨てておけ」
「…了解しました……」
赤髪の男はこの一帯を統治している王である。
昔の王は皆に優しく、国の中で歓喜であふれていた。
だが、いつの頃からか王は変わってしまった。
狂ったように力を求め、逆らう民衆は見せしめのために女子供問わず皆殺しにした。
そんな悪政を続けたことにより、反乱軍が結成され、
今はそれの討伐を主に行っている。
コンッコンッ
「失礼します……」
ドアを開き、一人の女性が入ってきた。
「来たか、ヴェルダンディー」
ヴェルダンディーと呼ばれた女性はただただ入口の所に立っている。
「では始めるぞ」
そう言うと先ほどの巨人を連れて行って、戻ってきたばかりの黒髪の男は一本の剣を取り出した。
「今からこの剣にお前の魂を封印する」
「……………」
それを聞いたヴェルダンディーは沈黙したままだった。
この剣に自分の魂を封印する。
それはすなわち死ぬということ。
残虐極まりない行いだが、ここにいる全員はそれに驚く様子はなかった。
そんな事に慣れてしまうほど、この王は既に残虐非道な行いを続けてきたのである。
「運命の女神、ヴェルダンディーの力を封じ込めた剣。どんな物にも勝る武器となるだろう」
そう言うと王はにやりと笑った。
「(私もまた…、姉さんと同じく、この男の力になるために死ぬのか……)」
先述したようにこのような王の非道な行いは昨日今日に始まったことではない。
前にもヴェルダンディーと同じ運命の女神の一人、ウルドを自分の力を増すために犠牲にしたことがある。
魔導器、調停のオーブ。これは複数の魔神を使役しようとすると必ず起きる干渉を失くし、
複数の魔神の力を同時に行使できるという宝珠である。
これを作成する際、魔神という思想を調停するものとして、ヴェルダンディーの姉のウルドが犠牲になったのである。
そしてその妹のヴェルダンディーもまた、王の手によって消えようとしているのである。
黒髪の男がヴェルダンディーに歩み寄り、額に手を当てる。
刹那、先ほどと同じ光が辺りを覆い、ヴェルダンディーの姿は消え、剣は光り輝いていた。
「フフフ…、女神の剣、ヴェルダディールの完成だ」
王はまたも笑みを浮かべた。
乾いた、悲しい笑みを……。

「ッ!……………」
リトは飛び起きていた。
嫌な夢を見た。恐ろしい夢を見た。
「(あの男は…、俺……?)」
なんとなくそんな感じがした。
姿形、気配は自分と酷似していたのである。
夢なのに余りにも鮮明に思い出される光景。
額に触れてみると、思ったとおり、ひどい汗をかいていた。
「外で涼んでくるか……」
そう言うと、ベッドから立ち上がりドアに手をかける。
夜中なので街の中もずいぶんと静かだが、唯一、酒場だけはまだ明かりがついている。
なんとなく足は酒場へと向かっていた。
「おや? 珍しいね。君がこんな遅くに来るなんて」
マスターはいつも通りの笑顔でそう言った。
「なんか眠れなくて…、ここの明かりだけついてたからなんとなく」
「そうか。まあ、一杯どうだい?」
マスターはグラスに酒を注いでいる。
「そうだな、せっかくだから飲んでくよ」
マスターがテーブルにグラスを置く。
それをリトは受け取り、口にした。
「そういや君、今度神殿に行くといっていたね」
突然、マスターが話を切り出してきた。
「話によると、神殿は罠が多く、今までに多くの冒険者が死んでいる。」
「魔物は、どんな奴がいる?」
「オオカミとグリフォンが中心。後、魔女もいるらしい」
何やら強そうなモンスターばかりである。
「それから…、神殿には魔神の壺があるらしい」
「魔神の壺?」
「ああ、なんでも一度世界を滅ぼした闇の闘神が眠っているらしい」
闇の闘神と聞いてリトは、今度は胸を張って魔神と言えそうだ。とかいう変な安心感を持った。
「ここまで話せば言うまでもないが、神殿は今までのダンジョンとはわけが違う」
「油断すれば即、死か……」
グラスを持つ手に自然と力が入る。
「ありがとう、だいぶ楽になった」
そう言ってリトは酒場を出た。
「リトッ!!」
いきなりティララの声が聞こえたかと思うと、目の前の闇からファルとティララが出てきた。
「リト〜、探したの〜!」
二人の息が荒い。走り回って探していたようだ。
「ごめん、心配かけて……」
「ホントよ、全く……」
口調は強めだが、その表情は安堵に満ちた感じだった。
そのまま、三人で道具屋に帰り、その日は眠りについた。


目が覚めた。
太陽の光がいつもより厳しい気がした。
ふと、時計を見てみる。
短針はほぼ真上を指していた。
「もうすぐ12時じゃないか!」
俺はあわてて飛び起きた。
昨日、遅くまで起きていたからだろうか。
「いや、まさか……。子どもじゃあるまいし……」
とりあえず、考えていても仕方がないので階段を降りる。
「あっ、おはようございます。今、昼食の準備をしますから」
イリスが挨拶を交わしてきた。
昼食の準備というのが、何やら虚しく感じられた。
「ああ、頼むよ」
そうとしか、答えられなかった。
ファルとティララは既に起きていた。
「みいっ! リト、遅いの〜」
ファルが早速、声を掛けてきた。
言い返せない自分がやけに悲しい。
程なくして昼食がテーブルに並んだ。
「あの、皆さん……」
イリスが俺たちに向けて話を切り出した。
「どうしたの?」
「今日、これから薬草を取りに行くんですが…お店番、お願いできませんか?」
少し、おどおどしながらイリスはそう言った。
「ああ、構わないよ」
「ただ居座っているだけじゃ悪いしね」
「頑張るの〜!」
イリスを見送って、俺たちはカウンターに着いた。

1時間後――――
「…………………」
「…………………」
「……ふぃ〜………」
既に声が出ない。それだけ疲れているのだ。
「まさか、ここまで大変とはね……」
「ああ………」
返事を返しながらも俺は辺りを見ていた。
間違いない…。今日はやけに客が多い。
だけどそうは言っても
「じゃあ、やめた」
とか言うわけにもいかない。
ひたすらお客さんの相手になる。
閉店時間になる頃にはみんなヘトヘトになっていた。
「ダンジョンに潜るよりも…、しんどいかも……」
「みい〜、ファル疲れたの〜。リト〜、おんぶして〜」
返事を返す前にファルは乗っかってきた。
「ファル、リトだって疲れてるのよ!」
ティララは注意したが、俺は
「いいよ。別に」
と言って、そのままファルを抱えて階段を上っていった。
後ろから殺意が感じられたのは気のせいだろうか。

次の日の朝―――
今日の目覚めは早かった。
それは遠足の日の子どもと似た感覚があった。
何人もの人間が消えていった神殿。
だがそれは冒険者にとって好奇心をそそる存在でもある。
といっても好奇心と言うより、この島のダンジョンに挑戦していれば、
いずれ漆黒の迷宮……答えに行きつける気がしているから。
というのが実際のところの理由である。
ファルやティララと一緒に荷物を確認する。
「準備OKなの!」
「それじゃ、行きましょうか」
言葉と同時にドアを開ける。
一階に降りてからイリスから薬草をもらった。
渡す際、イリスは
「いってらっしゃい」
と一言だけ言った。

町を出て、北へ向かう。
神殿の周辺は砂漠のような地帯になっていて、
水筒が早くもなくなってしまった。
幸い、オアシスを見つけたのでそこで水を補給して一休みする。
それからまた歩き出し、程なくして建物が見えてきた。

神殿―――
正確的には何の建物だったのか定かではないらしいが、皆そう呼んでいる。
中に入って最初に目に入ったのは遠くの方にある壺だった。
それはファルやティララが入っていたのと同じものだった。
「ここにも魔神の壺が……」
だが、その前方には大きな穴があり、足場になるものはどこにもない。
「とりあえず先に進みましょう」
西側に通路があったのでそこを通ってみた。
聴覚が獣のうなり声を捕らえた。
そして暗闇から三匹のオオカミが姿を現した。
「行くぞ、二人とも!」
「任せるの〜!」
ファルはすぐさまサーの呪文を唱える。
しかし、疾風が発生する事はなかった。
「…みい?」
「我が前に立ちふさがるものを焼き尽くせ! バエラ!」
ティララも攻撃呪文を唱える。
…がしかし、やはり出ない。
刹那、ウルフがリト目掛けて飛び掛ってきた。
「…くそっ!」
リトはその狼に思いっきり、蹴りをお見舞いする。
そして次の瞬間には、既に魔神を連れて、狼達の前から姿を消していた。
「リト〜、力使えなかったよ〜」
ファルの言ったとおり、確かに二人の魔法は発動しなかった。
なぜ?
そう考えてしばらくした後、リトの脳裏に一つの言葉が浮かんだ。
「干渉か……?」
召喚の秘術という書物に書かれていた事。
魔神は人の思いを具現化した存在のため、一度に複数の魔神を使役しようとすると、
干渉を起こし、力が発動しなくなるらしい。
いや、さっきの出来事のことを考えると、仮定は適切な形ではないだろう。
そんなことを考えながら走っている今にも、ウルフはしつこく追いかけて来ている。
「とりあえず、体勢を立て直さないと…」
ティララがそう提案するのとほぼ同時に通路にくぼみを見つけた。
すかさず、そのくぼみに全員飛び込んだ…はずだった。
しかし、現実にはリトが遅れて既に狼の牙が彼の腕に食い込んでいた。

第四章

ウルフはリトの腕に噛み付いていた。
彼は腕から来る激痛に耐えながら、どうにか振り払った。
そのまま体勢を立て直そうとしているウルフの脳天に自分の剣を突き刺した。
狼はそのまま息絶えた。
「リトッ!」
ファルとティララがリトに駆け寄ってくる。
「(今はとりあえず…)ファル! 一旦、壺の中に戻れ!」
そう言った瞬間、ファルを壺に帰した。
「(これで力が使える!)マーフェ!」
すぐにティララがリトの傷を魔法で治す。
「トアー!!」
「でえぇいっ!!」
そのまま狼に大量の石をぶつける。
さらにリトがひるんだ狼に斬撃を食らわす。
「よし、逃げるぞ!」
「OK!」
二人が進んでいくにつれて、ウルフも徐々に数を増していく。
「ファル!!」
「シアル・サー!!」
そのまま、隠し階段を見つけ、下に降りた。
狭い通路が続いている。
魔物の気配がなかったのでそこで休憩をすることにした。
「どうにかここまで来れたな……」
「ふい〜! 疲れた〜」
話しながらリトは壺からティララを召喚した。
「リト、また怪我してる…」
「いや、大丈夫だよ。これぐらい」
そう言いつつ、リトは周りを見渡した。
狭い通路はしばらく続き、だいぶ向こう側に出口があるようだ。
「よし、行くか!」
一旦、ティララを壺に戻し再び歩き出す。
通路を進んでいくと少し壁が広くなった。
そして鳥が羽ばたくような音が聞こえる。
上を見上げるととんでもない光景が目に入った。
「なんだ、あれ……」
数羽の巨大な鳥…、だがそれだけではない。
その鳥達にはライオンのような体躯がついている。
伝説上の合成獣、グリフォンである。
「リト〜、怖いよ〜!!」
泣き叫びながらファルはリトに抱きついてきた。
「ちょっ…、ファル!!」
そんな中、グリフォン達はこっちに突っ込んでくる!
「来ないで〜!!」
ファルはそう叫ぶや否やグリフォンたちに突風を食らわせた。
風に身を任せ飛んでいるグリフォン達は当然、ひとたまりもない。
猛烈な勢いで飛ばされ、壁に激突する。
それでも再び飛翔するグリフォン。
リトは未だにしがみついているファルを抱きかかえながら先へと進んでいく。
……こんなことを町でやったらまた冷やかされるに違いない。
走っていくうちにグリフォン達は動きを止めた。
見ると少し行ったところにゲートがある。
ゲートはゲート同時でつながれた空間を移動するものだが、もう一つ冒険時に便利なことがある。
「なぜかモンスターはゲートには近寄らないんだよな」
「みいっ! おかげで一休みできるの〜」
このゲートからいったん町に戻るという選択肢もあったが、薬草もまだ大量に残っているし、
ダンジョンに入ってからそんなに時間が経ってないようにも思える。
今日中になにか金銭的価値のあるものを手に入れておかないと、
居候させてもらっているイリスに負担をかけてしまう。
「よし、ファル! そろそろ行こう!」
「みいっ!」
ファルも得意の口癖で元気よく返事をした。

「くっ 気をつけろよ。ファル!」
「怖いよ〜」
今歩いている床は定期的に針が飛び出す仕組みになっている。
タイミングよく進んでいかないと針の餌食である。
どうにかトラップ地帯を抜け、グリフォンの追撃を交わすと部屋(というより牢屋という感じがする…)を見つけた。
奥には宝箱がある。
「ファル、ちょっとそこで待っていてくれ」
「みいっ!」
何らかの罠の可能性がある。そう思ったリトはファルを置いて一人部屋の中に入った。
徐々に冒険者としての勘が鋭くなってきているのであろう。
その予感は的中していた。
宝箱を取るや否や、ガシャン という音が鳴り、入り口が封鎖されたのである。
「!!」
しかも壁の一部が開き、中からグリフォンが姿を現す。
これまで出会ったどんなモンスターよりも強大な力を持つグリフォン。
気配だけでそれが見て取れた。
「あいつを倒すしかないのか!?」
グリフォンは漆黒の羽を広げ、飛翔した。
「一旦、壷に戻れ! ファル!」
魔神はその主が多少遠くにいてもその壷の中に還る事が出来る。
具体的に言えば半径三十メートル以内ぐらいか。
入れ替わりにティララを召喚し、自分もさっき手に入れたレイピアを構える。
「石英よ! 今一度意志を与えん。わが敵に向かえ、トアー!」
すごい数の石片が宙に浮き、一斉にグリフォンに降りかかった。
「キュオオオオオッ!!」
途端、黒いグリフォンは奇声を放つと、その巨大な翼を一気に羽ばたかせた。
石片は徐々に勢いを失い、最終的には標的に届くことなく地に落ちた。
グリフォンの後ろに回り込んだリトが脳天めがけてレイピアを前に押した。
しかし、まるで後ろにも目があるかのようにグリフォンはそれを紙一重で交わし、飛翔する。
次の瞬間、凄まじい風が辺り一帯を覆い尽くした。
「うわあああああっ!」
「くうぅ……」
二人ともその衝撃にどうにか耐える。
「炎よ、形を成し、仇なる者を焼き尽くせ! バエラ!」
空中に向けて、炎の塊を放つティララ。
グリフォンに命中はしたものの、大したダメージは与えられなかったようだ。
「キュオオオオオッ!」
再び奇声を上げ、黒いグリフォンは羽ばたいた。
その衝撃は凄まじく、今度は二人とも吹き飛ばされた。
「ぐはっ!」
「ううっ……」
壁にぶつかり、喘ぐ。
だが前を見た瞬間、リトは即座に今の危機を察知した。
黒い巨鳥は物凄いスピードでそのくちばしを輝かせ、向かってくる。
恐らく腕を振り上げても当たらないだろう。
そう思ったリトは誰もが驚くであろう手段に出た。

「檻が開いた」
「ようやく外に出られるわね」
あの時、リトはとっさに自分のダガーをグリフォンに向かって投げつけたのである。
グリフォンもこれには対応することが出来ず、短剣は巨鳥の脳天に突き刺さり、息絶えた。
しばらく行くとゲートを見つけたので一休みする。
「さっきはひどい目に会ったな」
「そうね、でもよくあの状況でダガーを投げるなんて考え付いたものよね」
届かないなら投げる。一見、誰でも考え付きそうなことである。
だが、あの窮地において正解を導き出すのは至難の業である。
リトはそれをやってのけたのである。
「とりあえず、今日はここで一旦泊まろう」
神殿に入ってからかなりの時間が経った。
屋内なので実際の時間は分からないが、疲れた体に鞭を打って進んでもこの先の魔物に殺されるだけである。
ここはゲート前。ダンジョンの中で眠るには絶好の場所ということが出来る。
持参した毛布を出し、自分の身に被せ二人は眠りについた。

「う……ん……」
どれくらいの時間が経っただろうか。
リトは意識は完全に覚醒しないままに目を開ける。
隣で眠っている女性はただただ規則的に呼吸を繰り返している。
リトは彼女が目覚めるまでしばらく待っている事にした。
マジンハツカレルトイウコトガナイ。ダカラヤスムヒツヨウハナイノダ
「ッ!!」
突然、誰かの言葉…想いが自分の中に流れ込んでくる。
周りに人はいない。そもそも声が聞こえてきたわけではない。
心の中に響いてきたのだ。
残忍で少し悲しげな声が……。
「今のは…一体……」
そう思っている矢先、隣でもぞもぞと音がする。
目を覚ましたティララは目を擦りながらゆっくりと立ち上がった。
「おはよう。リト」
「ああ、おはよう」
二人は挨拶を交わした後、寝具をリュックに仕舞い、再び歩き出した。
また針の山が待ち構えている。
タイミングよく、通り抜けようとするがそれでも何回か当たってしまう。
足元から生えてくる針の痛みは結構なものである。
だがその度に、側に居るティララが治してくれた。
まばゆい光を放ち、傷口に手をあて…、それだけで傷口が塞がり楽になるのだ。
もう何度も見た光景だが未だにその不可思議な現象に多少の驚きを隠せない。
「……ト?」
「えっ?」
考え事をしていたせいでティララの言葉がよく聞き取れなかった。
「どうしたの、リト? まだ痛むところある?」
どうやら彼女は自分の傷のことを心配しているようだった。
「ああ、もう大丈夫だ。心配ないよ」
そして針の山を越えて広い渡り廊下へと出る。
前方を見ると魔女の石像が佇んでいる。
「なぜこんな所に?」
そう思いつつ歩いていたリトはすぐに真実を思い知らされた。
石像から徐々に生気が溢れ始め、呪文の詠唱を始める。
「ッ!!」
魔女はリトに向けて炎の塊を放つ。
「バエラ!!」
刹那、ティララが同じ魔法を繰り出し、ぶつける。
炎の塊はお互い、消滅した。
ふと改めて周りを見渡してみる。
「これ、全部がモンスターなのか…」
何体にも並んでいる石像。
恐らくこれら全てが魔女なのだろう。
「とても相手にしていられないわね、逃げましょう!」
「ああ!」
二人とも一目散に走り出す。
だが、中は入り組んでいて、なかなか出口が見つからない。
その上、魔女は瞬間移動の呪文を唱え、壁を越える。
逃走は困難を極めた。
再び魔女が炎の塊を投げつける。
それを交わすとリトは瞬時に間合いに飛び込み、その肢体を斬りさいた。
魔女の体が地面に崩れるのを確認するや否や、後ろを振り返る。
しかし、魔女は既に呪文の詠唱を追え、突風が襲ってきた。
「くううっ!」
どうにか堪えようとするが足が地面から離れ、壁に当たる。
その衝撃にリトは低く唸った。
とどめとばかりに魔女はゆっくりとリトに近づいてくる。
だが、途中で目を見開いたかと思うと、血飛沫が飛び倒れこんだ。
「後方不注意ね」
その後ろにはティララが立っていた。
手に持っている短剣は血で汚れている。
「すまない。ティララ」
「礼なんていいわよ。それより…、マーフェ!」
ティララはそう言うなり、腕から光を放つ。
痛みが引いていく。
それからまた魔女から逃げ続け、気がつくとさっきまでより若干狭い部屋に出た。
前には他とは違う床が四つあり、そして魔女の石像があった。
近づいても動かない。どうやら他の魔女とは少し違うらしい。
「リト」
「なんだ?」
「あれ見て」
ティララが指差した方向を見てみると右側に穴が広がっていてその向こうに階段が見えた。
「あの階段のところまで行かないといけないみたいだな」
そうは言ったもののどうやって行くかが思いつかない。
穴は結構大きく、ジャンプしても向こう側に届きそうにない。
そこでさっきから気になっていた他とは異なる四つの床に視線を移した。
「ん?」
よく見るとそれはスイッチのように押せば凹む仕組みになっているようだ。
「この四つのスイッチのうち、一つを押せばいいって事ね」
ティララもスイッチに気付いたのかそう言った。
「でもスイッチは四つある。ってことは三つはダミー…、トラップの可能性が高い…」
「そうね、ここは慎重に行かないと…」
だがしばらく考え込んでみてもどれが正しいのかは分からない。
「仕方ない、とりあえずこれから…」
リトは自分から一番近い場所にあるスイッチの上に乗った。
ゴゴゴゴゴッという音が神殿全体に響く。
「やったのか!?」
だが、その期待は破られ向こう側の床に変化はない。
代わりに自分たちの入ってきた入り口に変化が見られた。
「入り口の床が…、少しだけ落ちてる……」
そう、通路の間に亀裂のようなものが生じていて、床が1/3程だろうか…。抜けているのである。
「ダミーのスイッチを押したら入り口が崩れ落ちてくみたいね…」
ますます慎重にならなければいけなくなった。
沈黙がしばらくの間続く。
「よし、一番右端のやつを…」
リトはそう言うなり、そのスイッチに近づく。
「…根拠は……?」
「……勘……」
ティララの問いにリトはそう答えるしかなかった。
「まあいいわ、このままボーっとしてても仕方ないし」
許可がおりた所で…、という風にリトはそのスイッチを踏む。
しばらくは何も起きなかった。
「なんだ、外れか?」
だが徐々に石像に生気が篭って行くのに二人は気づいた。
「ッ!!」
魔女はゆっくりとこちらに近づいてくる。
「やばいっ!!」
スイッチのことはすぐに忘却され、今は目の前の魔女から逃げることに専念する。
すると魔女は立ち止まって呪文を唱え始めた。
だが普通の呪文とは何かが違う……。
「これは……、召喚呪文!?」
ティララがハッとして叫ぶ。
それから間もなく魔女の目の前に魔法陣が現れ、一匹の獣が姿を現す。
「こいつは一階にいたケルベロス!!」
魔女と獣はじりじりと迫ってくる。
そんな時、リトはあることに気がついた。
ちょうど魔女が配置されていた位置にスイッチがあるのである。
普段は触れることの出来ないスイッチ。
こういう風に隠されたスイッチがあるということは…
「あれが本物かッ!!」
リトはスイッチめがけてばっと飛び出す。
魔女がそのリトめがけて炎の塊を撃ちだす。
だがそれはティララの放った炎の塊により相殺された。
そしてそのままリトはスイッチを押す。
刹那、地響きが起こり木で出来た橋が姿を現していた。
二人はすぐさまその橋を渡り出す。だがもう少しで向こう側にたどり着くという瞬間、
獣の雄たけびが聞こえ、狼がティララに飛び掛ろうとしていた。
途端、時間が止まったような気がした。
ただ、無我夢中でティララのもとに駆け寄る。
手にした剣を力一杯振る。
「でやああああっ!!」
その声と同時に時間が再び動き出したような気がした。
ケルベロスはリトの振りかざした剣に薙ぎ払われ、深い闇へと落ちていった。
「はあはあはあ……、大丈夫か? ティララ……」
肩で息をしながらすぐ後ろにいるティララの方を向く。
「うん、大丈夫…。ありがとう」
とりあえず辺りを見回してみる。
さっき見た階段と…、レバーがあった。
「どう思う…、リト?」
ティララが尋ねてきた。このレバーをどうするのか…と聞きたいのだろう。
「下手に動かしてトラップとかが作動すると面倒だしな…、けど倒さないと上に行った時に後悔するかもしれない」
罠か、それとも上にある何らかの仕掛けなのか……。しばらく考え込んだ。
ふと神殿の入り口にあった祭壇を思い出す。
この部屋と同じく大きな亀裂があってその向こうに魔神の壺があった。
「ひょっとして…あそこに橋を架ける為のレバー?」
同じことを考えていたのだろう。ティララが呟いた。
「よし! 動かしてみよう」
レバーを両手で持ち、引く。
ガコンッという音がして上のほうから何か音がした。
この場で見る限り、それ以外の変化は見られない。
「…行こう」
リトがそう言うなり、二人は階段を昇っていった。
階段を昇ると回廊のような場所に出た。
しばらく進んでいくと壁に石版が掛かっていた。
「え〜と…、”我は闇に来たりて闇に還る者なり”、”我は破壊する者なり”」
その後もしばらく石版が続き、それを一応、読んでいった。
その果てには階段があって、さらに上の方に道がある。
「けど…、あの黄色い扉は開きそうにないな…」
なぜだろうか…、唐突にそう理解した。
ティララはそんなリトの顔をしばらく真剣に眺めていたが、やがて視線を外し、
ゆっくりと歩き出したリトについて行く。
階段を登っていき、一階にまで戻る。

少し広いスペースに出た。
しばらく進んでいくとまたレバーがあった。
それをとりあえず倒しておいて前に進んでいく。
「…ここはっ!」
視界に飛び込んできた光景に一瞬驚く。
すぐ目の前には祭壇があり、魔神の壺がある。
そう、神殿を一周して入り口に戻ってきたのである。
先ほど見たときには巨大な亀裂が走っていたが、今はその間に細い橋が架かっている。
どうやら予想は的中したようだ。
今の状況をようやく把握した後、視線を壺に向ける。
紫色の壺。
「この中に…、新しい魔神が…」
恐る恐る壺の蓋を開ける。
刹那、周りが漆黒の闇に覆われる。
「我が名はディーヴァ! 私を呼んだのはお前か!」
闇の向こう…。二つの微かな光が見える。
それが声の主の双眼と理解するのにはさらに少しの時間がかかった。
「む? お前は――」
魔神はこちらの姿を捉えるなり、驚きの表情を浮かべ、しばし何事か考え込む。
その頃にはこっちも暗闇に目が慣れ、魔神の姿を見ることが出来た。
長い銀髪を後ろに結っている。目つきはややきつめだろうか……。
スレンダーな体型をしているが女神だということはすぐにわかった。
「そうか、そういう事か…」
などと考えていると女神は一人納得した様子でさらに言葉を紡いだ。
「ならば我が問いに答えよ。それ如何によっては力を貸してやろう。
 ただし! もし、答えられなかったら、覚悟しておけよ。」
しばらく沈黙する。その沈黙の中、緊張せずにはいられなかった。
魔神の中には壺を開けた途端、突然襲い掛かってくる者もいる。
召喚の秘術の中にあった一筆が思い出される。
「では聞くぞ。
 我は闇に来たりて闇に還る者なり
 我は破壊する者なり
 我は力と破滅を与える者なり
 我は終わりをもたらす者なり
 我は……、さあ、この続きを言うのだ」
また沈黙が訪れる。リトが返答を考えているのだ。
どこかで聞いたような節…。そうそれは……。
「(あの石版か…、確か続きは……)」
つい先ほどの記憶を遡る。
しかし、さして意識して読んでいた訳ではないのでなかなか思い出せない。
問いかけた女神は、尚もその双眼で射貫かんばかりにこちらを見ている。
「…我は世界を維持する者なり」
ようやく出た声。
だが、正直なところ自信がない。
相変わらず、女神はこちらを睨みつけたまま黙っている。
「…………………」
しばらく緊迫した空気が流れた後、
「よかろう。力を貸してやる」
そう女神が答えた
その言葉を聞いた瞬間、身体から力が一気に抜ける。
同時にさっきまで覆っていた闇が消え、元の神殿の風景に戻る。

「これからよろしく頼むよ、ディーヴァ」
そう言ってリトはディーヴァに手を差し出す。
ディーヴァもそれに応えて握手を交わす。

第五章

どこか、遠くの景色を見つめていた。
海岸だった。
少女が一人、そこに佇んでいた。
長いスカイブルーの髪をした少女。
少女は目の前の女神像に祈りを捧げていた。
「女神様、どうか父を助けてください」
ただそう懇願していた。
「もう一年以上父は病に伏せています。どうか父をお助けください」
その像はかつて、傷ついた者達を癒した女神を象ったものだという。
だからだろう…。少女はこの一年間、ずっとこの像に祈りを捧げてきた。
やがて、少女はゆっくりと立ち上がりその場を去る。
風が少女の長い髪を撫でていた。
今日こそは何か変わるかもしれない。
祈りから家に戻る道のり…、いつもそう思う。
しかし、父親の病状は一向によくならず、日に日に弱っていくばかりだ。
「あれ?」
いつもどおり海岸沿いに家に戻っていると普段は見慣れないものがあった。
壺だった。金属とも、陶器ともとれない物で作られた。
昔、聞いた事がある話。
”壺の中には魔神が封印されている。魔神は願い事を叶えてくれる。
けれど絶対に蓋を開けてはいけない。壺を開けたら、力を手に入れる代償に全てを失う。”
「だけど…、これでお父さんが治るなら…」
少女は意を決して壺を手に取り、蓋を開けた。
壺からは巨大な龍が現れた。
少女が呆気に取られていると、龍は次第に小さくなり、一人の男になった。
「我が名はアドーナ。かりそめの自由を与えてくれたことに礼を言う」
”壺の中には魔神が封印されている。魔神は願い事を叶えてくれる。
けれど絶対に蓋を開けてはいけない。壺を開けたら、力を手に入れる代償に全てを失う。”
少女の頭の中にはあの言葉が飛び交っていた。
しかし、勇気を出して喉から言葉を押し出す。
「あの…、私のお父さんを…助けて…下さい…」
怯えながらも少女は言葉を紡ぐ。
「お父さん、病気で…、今にも死にそうなんです…だから…」
「それが汝の願いか…」
「……はい!」
怯えながら、しかしその双眼には強い意志を宿していた。
だがアドーナと名乗った魔神は難しい顔をして黙っている。
「それは…、難しいな……」
「お礼は何でもします。この命を捧げもします。お父さんを助けて!」
少女は必死だった。このチャンスを逃すと父は助からないかもしれない。
「いや、そういうのではない。魔神は壺を開けた当人にしか力を使うことができぬのだ」
少女の必死な形相に少し圧押されながら、魔神は真実を述べた。
「そう…なんですか……」
しばらく沈黙が続く。少女は絶望に打ちひしがれ、魔神は何かを思案しているようであった。
「だが…、その父親の病の治す方法はある」
「え……」
驚きとともに少女の顔に光が戻る。
「龍の血はあらゆる病を治す万能薬になる」
突拍子もなく魔神は語り出した。
「そこでだ、汝が龍となり、その血を父親に飲ませれば病は治るであろう」
少女は一瞬何を言われたのか理解が出来なかった。
自分が、龍になる…。
いきなりそんなことを言われても理解に苦しむのは当然のことで少女はしばらく黙り込んでいた。
人ではなくなる…。言いようもない不安が少女を襲った。
だが、この命すら捧げようとした覚悟、今更そんなことで揺らぐことはない。
少女は凛とした表情で承諾した。
「では…、ゆくぞ」
周りが光で包まれる。それが徐々に消えていき元の光景が広がる。
自分は龍になったのだろうか……。見た目には何も変わっていない。
「これで汝は龍の血を得た。その血を飲ませればどんな病も怪我もたちどころに治るだろう」
「あっありがとうございます!」
少女は元気よく礼を言った。
こんなに気分が明るいのはどれぐらいぶりだろうか。
自分でそう思った。
いつも通る家路。だが、今日はいつもとは全く違う気分で通る。
これでお父さんの病気は治る。
それがただただ嬉しかった。
程なくして家にたどり着く。
「ファ…ル…おかえ…り…」
息も絶え絶えに父親が挨拶をした。
途端、ゴホゴホと咳き込む。
「お父さん…、今楽にするから…」
少女は父親の部屋に来る前に取ってきたナイフを翳すとそれで自分の指を切る。
「っつ!」
傷みに一瞬顔を歪めるが、すぐに皿を用意しそこに自分の血を数滴垂らす。
「お父さん…、これ…飲んで…」
少女は自分の血が乗った皿を父親に差し出す。
父親は意識が朦朧としているのか震える手を伸ばしてそのままそれを口に含む。
…鉄のような独特の苦味が口に広がっているのだろう…。父親は顔をしかめた。
…が、その後見る見るうちに顔色が良くなっていった。
「ファル…これは一体……」
自分の体調がどんどん回復していくことが信じられない父親は唖然と娘の顔を見る。
「お父さん!」
少女は父に抱きついていた。
「良かった…、本当に良かった…」
涙を流しながらただそれだけを繰り返した。

――明くる日。父親の状態はすっかり良くなっていた。
しかし、あまりにも長い間、床に伏せていた為父にはもう職がなかった。
「(これからどうするべきか…)」
娘の作ってくれたスープを飲みつつ考える。
ちなみにこれまでは近所から食料を貰っていた。
だが、病気が治った以上いつまでもそれに頼っているわけにはいかない。
そうはいっても今日仕事を探してみても収穫はなかった。
「お父さん、何か外が騒がしいよ」
「ん、ああ……」
娘に呼ばれ、考えを一旦中断させる。
外に出てみて人垣が一軒の家に集中しているのがわかった。
「何かあったんですか?」
近くにいた人に尋ねてみる。
「ああ、この家の親父が野盗に殺されたらしい。ひどい有様だったぜ」
この家の主人の冥福を祈り、立ち去ろうとする。
ふと自分の娘が傍にいないことに気付いた。
「ファル? どこに行った?」
辺りを見回してみる。ファルは家の中に入ろうとしていた。
「いかんっ、ファル! やめなさい!」
恐らく家の中には見るも無残な光景が広がっているだろう。
そんな光景をまだ幼い娘に見せるわけにはいかない。
「私なら、助けられるかもしれない!」
娘はそれだけ言って家の中に入っていく。
その言葉を聞いて思い出す。なぜ自分が今病に冒されていないのか。
その苦しみは娘の血を飲んだ時になくなった。
彼は娘の後についていくことにした。
家の中はさっきの人が言ったようにひどい有様だった。
血まみれになって壁にもたれ掛かっている男性。
……既に息はない。
唖然としてその光景を眺めていると娘が近くにあったナイフを持って手首を浅く切った。
皿の上に自分の血を乗せていき、一定量たまったところでそれを無残な姿となった男性の口の中
に含ませる。
「……………」
しばし続く沈黙。
娘は心配そうな瞳でそれを見ていた。
「……ゴホッ!」
突然、死んでいたはずの男性が咳き込んだ。
「私は一体…、確か野盗に襲われて……」
そういいながら自分の腹部に目を移す。
服は血だらけで裂けていた。
だが、傷口は完全に塞がっている。
「……生きてる……」
私はただその光景を唖然と見ていた。

夜―――。
布団の中で考えにふける。
あの血……。自分の病、そして死んだ男性を生き返らせたあの血。
あれを万能薬と言って売ればどれだけの金になるだろうか。
そんな考えが父親の頭の中を巡っていた。
だが、血を取るという事は大事な娘に傷を負わせるということである。
だが―――
「(新しい仕事が決まるまで…、それまでの生計を立てるために…)」
言い訳じみている気もするが、父親はそう結論づけてようやく眠りについた。

明くる朝―――
「おはよう、お父さん」
元気に娘が声を掛けてくる。
どれぐらいぶりの光景だろうか。
それから椅子に腰掛け、二人で娘の作った料理を食べる。
そんな中で父親は昨日の考えを話した。
「もちろん、無理強いはしない。嫌ならやめてもいいぞ」
父親は最後にそう付け足した。
だが娘にも分かっている。このままではどうしようもない事に。
「うん……、新しい仕事を見つけるまでなら…、いいよ……」
朝食後、早速行動に起こす。
「っつ!…」
少女はナイフで自分の手首を浅く切りつける。
そして傷口から出てくる血を皿に落とす。
父親はそれをカプセルの中に入れていく……。
そうやって薬は完成した。

「……………」
目覚めた時、リトはベッドの中にいた。
夢を見ていた。
とても仲のいい親子の夢。
けれどどこか悲しさがあったような気がする。
不思議な感覚だった。
夢は目覚めると次第に揮発していく。
だがそういう感覚とは違う。
まるで、一部の記憶をごっそりと取り除かれているかのような感覚だった。
「こんなこと考えていてもしょうがないか……」
言ってリトは起き上がった。

「なんでいつも俺が最後なんだろうな……」
部屋に降りると既に全員がテーブルに座っていた。
リトも顔を洗うなり、余っていた席に座る。
今日も見るからに美味そうな料理が並んでいる。
だがイリスだけでなく、ディーヴァも料理を運んでくるのには正直驚いた。
「(料理できるのか…、意外だな……)」
などと言ったら怒られそうなので黙っておいた。
いつもの朝食に並ぶ料理とは別の食べ物…、おそらくディーヴァが作ったものだろう。
実際、口にしてみたが料理ができるどころかイリスが作った料理よりも美味かった。
「みいっ! ディーヴァの料理、とってもおいしいの〜」
ファルもディーヴァの料理を絶賛していた。
その笑顔を見てふと先ほどまで見ていた夢を思い出す。
「(そういえば、あの女の子…ファルにそっくりだったな…)」
思わずマジマジとファルを見つめる。
「何、じっとファルのこと見てるのよ?」
リトの事をじっと見ていたティララが聞いてきた。
「え……、いや、別になんでも……」
「…………………」
押し黙るティララ。
「あの〜、ティララさん?」
「……ロリコン……」
ボソリとリトに向けて呟く。
「え……っ、なっ違…・・・っ」
あわてて弁解しようとするがこういう時に限って呂律が回らない。
それに下手に「夢に出てきたから」などと言ったら別の誤解を招きそうだ。
居た堪れなくなったリトは結局、朝食を一気に掻き込んで、退散することにした。

稽古は日の低い午前中にするに限る……。
そう判断したリトはそのまま部屋に向かうと木刀を取って、再び部屋を…、家を出た。
「ていっ! せいっ!」
ひたすら無心に剣を振るうリト。
「精が出るな」
後ろからディーヴァが声をかけてきた。
両手にはリトと同じく木刀がある。
「ディーヴァ、それ……」
「ああ、どうせなら組手の方が…、と思ってな…」
そう言いながらリトに向けて木刀を構えるディーヴァ。
同じようにリトも切っ先をディーヴァに向ける。
「じゃあ、よろしく頼む」
「ああ、……行くぞっ!」
ディーヴァが跳躍し、一瞬で間合いに入る。
リトは一旦、後退し追撃してきたデーヴァの一閃を自分の木刀で受け止める。
だがディーヴァはもう片方の手に持つ木刀で更なる追撃をかける。
さすがにこれには対処できず、リトの顔面寸前で木刀が止められる。
「(圧倒的に強いな……)」
リトは思わず息を呑む。
通常、剣は一振りのみ持つ。
二刀流にしてもその両方を操るのは至難の業だからである。
だがディーヴァは両方の剣を、まるで手足のように自在に操るのである。
結局その後も何度か剣を交えたがリトはほとんどディーヴァに勝つ事ができなかった。

午後からは酒場に赴く。
「島の東側のダンジョンは大体制覇したようだな」
探索についての話を始めるなり、マスターはそう言った。
「まあ……、ただ、一つ気になる事があるんだが……」
「ほう……」
マスターは興味深げにリトの方に向き直す。
「神殿の中に黄色い扉があったんだ。鍵が掛かっていて先に進めなかった」
言ってグラスに口をつけるリト。
「それは多分、神官の扉だな」
「神官の扉?」
「ああ、その黄色い扉を開ける鍵を神官が自らの命と共に封じたという伝承からそう呼ばれてい
る」
「まあ、その鍵を実際に見たという人はいませんけどね」
隣のカウンターに座っていた長い金髪の男性が言った。
「そういうわけだから、神殿を本当の意味で制覇した人間は一人もいない」
「……となるとどちらにしろこれからの行動範囲は島の西側か……」
マスターに聞いてみると、島の西側には前にファルが迷い込んだ地下水道を抜けていくしかない
らしい。
リトはグラスに口をつけると残った酒を一気に飲み干す。
そしてマスターに礼を言って酒場を後にした。
「さてと、これからどうするかな」
とりあえず道具屋に戻るリト。
部屋に着くなり、中身の整理をしようと荷物袋を広げた。
そこで数冊の本が目に止まった。
「そういえば図書館に本を寄贈したら何かが貰えるって酒場の誰かが言ってたっけ」
どうせ、一回は目を通した本だし、持っていても嵩張るだけだろう。
そう考えたリトは荷物袋を手にして図書館に向かった。

「では大切に保管させて戴きますね」
司書のユーナに本を渡した後、閲覧室に入る。
一通り本を読み終える頃には既に日が暮れかけていた。

明くる日、リト達は準備を整えるなり、町を後にした。
目指すは昨日マスターに教えてもらった地下水道である。

目的地に到着するなり、リトとファルは辺りを見渡す。
薄暗くて遠くの様子はわからないが、湿気が多いことは肌でも感じる事ができる。
ちなみにティララとディーヴァは戦闘時の干渉を防ぐため、壺に戻してある。
パートナーにファルを選んだのは以前、ファル自身がここに来た事があるからなのだが……、
「リト〜、暗くて怖いよ〜!」
……どうやらあまり役に立ちそうにない。
それでもどうにか道なりに進んでいく。

「……行ってくれそうにないな……」
「みい〜…、どうするの〜?」
二人は今、壁ぎわに張りついて様子を伺っている。
進むべき前方にはクラゲが三匹。道を塞ぐようにその場で浮遊していて動く気配がない。
「これは、避けて通れそうにないな」
そう言うなりリトはバスタードソードを持つ。
そして麻痺に耐性のある銀の腕輪を取り出す。麻痺毒を持つクラゲには有効な装備なのだが……。
「一つしかないな」
これではどちらかが麻痺に苦しむ。
「ファルなら大丈夫だからリトが付けて」
そう言ったファルの表情はどこか憂いを帯びていた。
ふとその顔を見た瞬間、先日見た夢が脳裏をよぎった。
“龍の血はあらゆる病を寄せ付けない”
そして頭に過る言葉。
「……わかった。これは俺が持つよ」
そう言って腕輪をはめるリト。
「じゃあ行くかっ!」
「みいっ、頑張るの〜!」
二人で壁から抜け出す。リトはそのままクラゲのうちの一匹に突っ込む。
迫りくる触手を剣で斬り裂く。
……と、背後から別のクラゲが近づいてくるのを気配で感じ取り、とっさに跳躍し、体当たりを
かわす。
「酸を纏いし風よ、立ちはだかる全ての者を溶かせ! ムウ!」
リトが後退するなり呪文を詠唱し終えたファルが防御力低下の魔法を唱える。
ファルの存在に気付いたクラゲがファルに迫る。
……が、ファルの近くにいたリトがクラゲの前に滑り込むように立ち塞がり、その勢いのまま、
手にした剣を横一閃に薙ぐ。
ムウにより、身体の表面が溶解していたクラゲはその一撃で息絶えた。
ドンッ!
「ぐは……」
敵を倒した一瞬の隙をついて別のクラゲが突進した。
避けられずにまともに食らってしまう。
「雄風よ!万物を薙ぎ倒す力に! シアル・サー!」
その直後、雄風がクラゲ達を襲い、吹き飛ばす。
明らかにバランス感覚を失っているクラゲに二人同時に走り寄り、手に持った剣を突き刺した。

「ハアッハアッハアッ……」
「ふみいいぃ〜」
二人して壁に横たわる。かなり疲弊していた。
三十分ほど休憩し、また歩きだす。程なくして洞窟を抜けた。
薄闇から出てきたせいか、陽光がやけに眩しく感じられる。
「ここが島の西側か……」
感慨深げに辺りを見渡すリト。
かつて王が命じて魔法石を採掘させていた廃坑。
その王が住んでいたとされる古城、いつからか誰からも忘れ去られている廃村らしきものもあっ
た。
「リト〜、ファル疲れたから壺に戻ってるね」
「ああ」
それだけの短いやりとりをして再び視線を周辺に戻す。どこも寂れていた。
「うん?」
……と思っていたらわりと新しそうな感じの小屋が見つかった。
今日はあそこで泊めてもらおうとリトは小屋に向かっていった。

「人の気配はしないな……、だがこれは…、魔神か?」
念のため…、と召喚したディーヴァが口を開いた。
これまで出会った魔神は全て壺の中に封印されていた。だが中には封印が解かれ、外に出ている
魔神もいるらしい。
もし、凶悪な魔神なら戦いは避けられないだろう。
二人は武器を構えながら、静かに扉を開いた。

「いらっしゃいませー! ここはカーミラの交換所でーす!」
しばし沈黙する二人。それはそうだろう。
緊張しながら扉を開くなり、おそらく魔神に…、営業スマイルで迎えられたのだから……。
「えっと…、ここは……?」
ようやく出た声で質問をするリト。
「ここは交換所。モンスターを倒した時に手に入るアイテムとここにあるアイテムを交換できる
場所だよ」
「はあ……」
「あたしはここを経営しているカーミラ。よろしくね〜」
強引に握手をされるリト。
見た感じ、悪い魔神ではなさそうだ。

とりあえず、中を回って交換できるアイテムを交換してもらう。
そんな中、ディーヴァは一冊の本に目を遣っていた。
なんとなくページを捲る。
「(これは……ッ!)」
慌てて本を閉じて元の場所に戻す。
「(そうか……、あいつが……)」
一人納得した表情で佇む。
……と、
「おーーい、ディーヴァー!!」
リトが少し離れた場所から自分を呼んでいる事に気づく。
「ああ、今行く」

第五章あとがき

第五章です。割りとファルがメインになっている感じもします。
地下水道を抜けたので次章からは島の西側での物語となります。
改めて見るとやはりこの頃の文章は粗いです。
今も大して変わらないというのが定説ですが……orz
とりあえず今回はこの辺で。

第六章

数多の悪政を執り行ってきた王が死んだ。
最初は皆、暴君から解放されたと喜んだ。
しかし……、統制を失った国は徐々に廃れていき各地で独裁者が生まれ、気がつけば暴君のいた
頃よりもひどい世界が広がっていた。
明日、食べるパンも確保できるか分からない。
夜に寝て、その間に襲われて殺されるかもしれない。
そんな不安定な世界の中で多くの人が願った。
”こんな世界、滅んでしまえばいい”と。

そんなある日、一人の男が地中から壺を掘り出した。
それはかつての王が血眼になって探していた魔神の壺。
まだ、見つかっていない壺があったのか……。
男はただそれだけ思うと、壺を手に帰路に着いた。

だが、今のこの世界はゆっくりと家路に着くことすら許さない。
「おい、お前」
目の前には三人の武装した男たち。いわゆる盗賊である。
当たり前だが何の得物もない男が太刀打ちできるはずもない。
となれば、逃げるしかない。
踵を返して全力で駆け出す。
……が、すぐに歩みを止めることになる。
「逃がしゃしねえよ……」
そう、盗賊の仲間の一人が先回りしていたのだ。
”もうダメだ!”そう思ったとき、ふと自分が魔神の壺を持っていることに気づく。
王があれだけ欲した力……。この盗賊を追い払うことなどわけもないだろう。
決心して壺を開ける。
「死ねやあああぁっ!!」
四人の盗賊が一斉に襲いかかってくる……が、
ドサドサドサッ
四人の盗賊は皆、吹き飛ばされていた。
見ると目の前には二振りの剣を持った少女が立っていた。
銀髪を後ろに結わえたスレンダーな体型をした少女。
だが、四人の盗賊を一気に薙ぎ払った時点で魔神だと確信できる。
「外に出た瞬間、いきなり襲われるとはな……」
そう言いながら、少女は二振りの剣を腰の鞘に収めると、今度は男の方を向いた。
「……お前が私を召喚した者か」
「……ああ」
少し躊躇いながらも男は肯定した。
だが、尚も少女は男の方に目を向けたまま、微動だにしない。
「(この男が、終焉を……? 
いや、まあいい……)私の名はディーヴァだ。よろしく頼む」
「ああ、よろしく……」
この短時間で起きた様々な事を男はまだ整理できずにいた。
だが、少女の方はこれからの自分の使命…、宿命に思いを巡らせていた。



「……………」
ディーヴァは剣の稽古の途中、休憩をしていた。
思い出すのはかつて自分が目覚めた世界のこと。
「(この間、交換所でみたあの本のことが未だに頭を離れないようだな……)」
考えを中断し、再び木刀を握ると、ふと向こう側から見知った顔が走ってくる。
「ディーヴァ〜、お昼ご飯出来たの〜」
「わかった、すぐに行く」
そう言うなり、ディーヴァは額に浮かぶ汗を手で拭うと、道具屋の方に向かった。

「皆さん揃いましたね、では頂きましょう」
今日も食卓ではイリスの笑顔といい臭いがする料理が出迎えてくれる。
皆で談笑しながら食事を摂り、そして、後片付けをして各々の部屋に戻る。
そんな日常の風景がそこには確かにあった。
「そろそろ…、古城に乗り込んでみるか?」
「あそこは、モンスターも凶暴でしかも罠が多いくて、犠牲者も多いらしいけど……」
「もう、ほかのダンジョンはほとんど調べ尽くしたからな」
……が、冒険者である以上非日常的な会話もその中で飛び交う。
「とりあえず、酒場で大体の地図を手に入れたんだけど……」
そう言いながら、おもむろに手にしていた地図をテーブルに広げるリト。
「実際に生還した冒険者が少ないから、正直、あまり当てには出来ないな……」
「やはり、そのまま乗り込むしかないか……」
「明日にでも行くとして…、今日はもう休みましょう」
ティララの言葉にみな同意し、その日はそのまま眠りについた。


「よしっ!」
背中に大きな荷物袋、そして腰には愛用の剣を携えてリトは準備が整った事を確認する。
「みい! ファルも準備OKなの〜!」
ティララ、ディーヴァの二人も準備が整った事を確認して、リトは道具屋のドアに手をかける。
「皆さん、古城は本当に危険な場所です。どうか、生きて帰って来てください」
イリスがそれを見送りに玄関まで来ていた。
「ああ、絶対に帰って来るさ」
「みい! イリス、約束なの!」
「帰って来たら、美味しい料理、食べさせてね♪」
「必ず戻ってくる。だから待っていろ」
それぞれに、言葉を紡ぎ、道具屋を出る。
すぐにゲートに辿り着き、それを起動させる。
ゲートの中は一種の亜空間になっており、出口からは行き先の様子を垣間見る事が出来る。
「交換所のゲートは、あれだな」
ヒュイイインッ
再び、奇妙な音がして、転送される。
そして四人は小さな小屋の中にいた。
「おや、いらっしゃい〜」
最早、顔馴染みになった金髪の女性のいつも通りの明るい声が聞こえた。
「こっちのほうのダンジョンに用事?だったらまずはこの店でいらないアイテムを交換して行っ
てね〜」
「そうだな」
リトは、頷くなり商品の置いてある部屋へと向かう。
そこで、不要なアイテムを幾つかのアイテムと交換して、その場所を後にした。
「まずは、私とリトで行くわ」
古城の内装に詳しいと言ったティララがそう提案してきた。
城内はモンスターも勿論そうだが、罠にも気をつけないといけない。
確かに回復魔法を得意とするティララは重宝するだろう。
「分かった。まずは俺とティララで行こう」
「では私たちは壺に戻るぞ」
「みい! ピンチになったらファルを呼ぶの〜」
二人の魔神はそれぞれに言葉を残し、自らの壺に還っていった。


目の前には古びた城。中からは鳥のギャアギャアッという不気味な声が上がっている。
中の光景を想像して少し士気が削がれる。
「リト……」
「……ああ」
……が、すぐに気合を入れなおし、手に持った剣を強く握り締める。
「行くぞ!!」


城内は、聞いたとおりモンスターは巨鳥やラミアが次々と襲ってくる。
それらから逃げ回り、時に斬り捨て……、ようやく逃れたところを今度は矢や槍が壁から襲って
くる。
リトも、これには対応できず、肩を槍で貫かれたが、ティララが早急に回復魔法をかけてくれた
おかげで大事には至らなかった。
「本当に…、油断ならないダンジョンだな……」
「そうね……」
と、ティララがその場を少し動いた瞬間、既に聞き慣れてしまったカチッという機械音がした。
「危ない!!」
咄嗟にリトはティララの前に来て、飛んでくる矢を剣ではじき返す。
「はあっはあっ……」
リトは咄嗟の動きに身体が悲鳴を上げて、息が荒くなっている。
「ありがとう…、油断してたわ……」
「いや…、行こうか」

先に進むにつれ、敵は巨鳥よりもラミアが複数体でくる事の方が多くなった。
「罠ももうないな……」
リトは既にそれぞれの魔神の特性を熟知していた。
ファルは全体攻撃魔法を得意とする後方支援型、
ティララは回復を得意とするもっぱら、非戦闘タイプで属性耐性に長けている。
ディーヴァは完全な単体殲滅特攻型で、二刀流の剣術を得意とする。
「よし、ファル。出て来い!」
スカイブルーの壺を取り出し、中からファルが出てくる。
反対に、ティララは壺に一旦戻し、目の前に迫ったラミアと対峙する。
「雄風よ!万物を薙ぎ倒す力に! シアル・サー!」
即座に攻撃魔法を詠唱し、ラミアに強烈な風をかける。
どうにか堪えていたが、徐々にその身体は後退していく。
「だあああああぁっ!!」
その隙を突いて、リトが走りぬけ愛用の剣、シルバーブレードで次々にラミアを斬り裂いていく。
その風を味方につけ、まるで流れるような動きで攻撃するリトにラミアたちは成す術もなく倒れ
た。
「倒せたな…、けど……」
シルバーブレードはその名の通り、銀の剣。不死のモンスターに絶大な力を発揮するがラミアに
はそんなに脅威となる武器ではない。
「やっぱり、もう少し奥まで行ってみるか」
好奇心も手伝って、二人はさらに奥へと進んでいった。
道中、ラミアに出くわしたり数え切れない数の槍が壁から出てきたりもしたが、どうにか宝物収
集を続けていく。

そんな中で二人は一つのレバーを見つけていた。
「さて、どうするべきかな……」
リトは思考をめぐらせる。
考えられる限りではダンジョンにあるレバーは、橋を下ろす、格子を上げるなどの道を作るもの
か、罠である。
前者の場合はいいのだが、後者の場合、やはり死の危険が伴う。
だが、考える前にやるべき事があることをこの時のリトはまだ知らなかった。
「みいっ!」
元気なファルの声が聞こえた直後、ガコンッという物音がする。
嫌な予感がして、そちらを向いてみると、案の定、ファルがレバーを倒していた。
ゴゴゴゴゴゴッ
遠くの方で何か音がした。どうやら罠ではないようなので息をつく。
そして、リトは思った。
今度から、こういう場面にファルを出しておくのはやめておこう…と。
その後も幾つかのレバーを倒し、今は古城の地下牢にいた。
全く換気の出来ていない、窓のない屋内。
その中で血の臭いの混じった不快な臭いが鼻につく。
「リトッ!来るぞ!!」
ディーヴァの叫びに意識を取り戻し、前を見据える。
そこにはこちらに猛スピードで走ってくるヴァンパイアが二体いた。
カキイイインッ
爪による斬撃攻撃をディーヴァが二振りの剣、カーマインとシルバーブレードで受け流す。
リトも銀の短剣を鞘から抜く。
「クエエエェッ」
体勢を立て直すなり、再び猛スピードで襲ってくるヴァンパイア。
爪の斬撃を短剣で受け流し、攻撃に転じる。
しかし、ヴァンパイアは跳躍しそれを交わす。
「……なんてスピードだ……」
並外れた運動神経を持つヴァンパイアの動きは目で追うことすら難しい。
再び、襲ってくるヴァンパイアを注意深く見つめるリト。
が、一瞬のうちにその姿を見失う。
「ぐうううぅっ!!」
途端に左肩に激痛。ヴァンパイアの鋭い牙に噛まれたというのはすぐに理解した。
そして、それこそがリトの狙いだった。
ガシッ
噛まれている左の腕で力の限り、ヴァンパイアの肩を掴む。
「でやあああっ!!」
そして、もう片方の腕に持った銀の短剣でヴァンパイアの胸部を貫いた瞬間、敵は灰になって消
えた。
「後一体!!」
……が、リトが振り向くとそこには頭と胴体の分離したヴァンパイアの死体が転がっていた。
「それなら私が既に片付けた。それよりも早くその肩を治療しておけ」
二振りの剣を腰の鞘に収めながらディーヴァが言った。

それから地下牢をさらに進んでいき、ヴァンパイアの動きに目が慣れてきた頃、リトはセンスオ
ブワンダーが反応を示している事に気づいた。
ちょうど、地下牢の裏側、その壁に反応している。
試しに力を入れて押してみると、地下牢の中に入る事が出来た。どうやら裏口のようだ。
「見た感じ何もないようだが……」
「いや、センスオブワンダーがまだ反応している。この牢内にも何かあるぞ」
しばらく辺りを丹念に探す。
程なくしてそれ…、隠し階段は見つかった。
中は灯りがあって幾分か明るい。
シャコッ
「ッ!! リト、避けろ!!」
咄嗟にディーヴァが叫んで間一髪で壁から生えてきた槍を交わす。
「こんな所にもトラップが……うん?」
言い終わらないうちにリトは前方で光が反射している部分を見つける。
近づいてみるとそれが鍵だと分かった。
「とりあえず、持っていくか」
鍵は行動範囲を圧倒的に広げる。持っていって後悔する事はない。
その後、地下牢から出てすぐにそれが地下牢の鍵だと分かった。……というのも、
「ちっ、またヴァンパイアが……」
「しかも後ろは地下牢で逃げ場がないぞ!!」
「くそっ、こうなったらイチかバチかっ!」
そう言ってリトは必死になって先ほど手に入れた鍵で地下牢の門を開け…、今は牢の中にいるわ
けである。
幸い、ヴァンパイアはこちらの居場所を把握できていないようである。
「少しここで休むとしよう」
「そうだな、でも……」
「?どうした?」
「……いや、なんでもない」
周りには恐らく牢に入れられたまま王が死んでそのままになった囚人の成れの果て…、つまり遺
骨が転がっているわけだが、そんな事は言っていられない。
ここを出たらまたヴァンパイアと合間見えなくてはならないのだから。
その後、しばらく休息を続けていたが、ふと感じた殺気に全ての神経が覚醒する。
「……気づかれたか……」
どうやら、敵の数は3体。恐らく、牢の入り口も隠し扉も両方が塞がれているだろう。
「こうなったら、速攻で仕掛けるしかないな」
牢の鍵をリトが開け、瞬時にディーヴァが駆ける。
すぐ側にいたヴァンパイアにカーマインで斬りつけ、怯んだ隙に両腕の剣でさらに追い討ちをか
ける。
リトももう片方のヴァンパイアの攻撃を盾で防ぎつつ、急所を銀の短剣で貫く。
まだ完全に息絶えたわけではないが、こちらを追いかける気力は既にないだろう。
「よし、走るぞ!」
二体のヴァンパイアの隙間を縫い、駆け出す。
しばらく行くと灯りすらついてない暗闇が広がっていた。
奥から既に慣れてしまった吸血鬼特有の殺気がする。
通路はどうやら一本道でその奥で吸血鬼は佇んでいた。
「リト、気をつけろ」
「ああ、分かってる……」
リトは手にしている短剣を強く握った。
「いや…、そういう意味ではない。力は弱まっているが…、この先にいるのは魔神だ」
魔神……。それはつまりファルやティララ、ディーヴァたちと同じ存在。
どんな手段を用いようと完全に倒す事は叶わない。
だが、ここを進まないことにはどうやら道は開きそうにない。
「……行こう」
リトは決意を固めた。
例え、どんな困難が待っていようと必ず漆黒の迷宮を目指す。
「分かった。リトが行くと言うのなら私も従おう」
二人は暗闇の通路を進む。
程なくして視覚も敵を捕らえた。
姿は吸血鬼に似ているが殺気と迫力はさっきまでのものとは比べ物にならない。
「私はここで抜け道への通路を守護する者。王以外の通行は禁じられている」
はっきりと広い空間に響く声で警告するヴァンパイア。
「もし、通るというのであれば汝らを排除する」
そう言うなり、さらに増した殺気に対してこちらも五感を集中させる。
……が、気がつけばその姿を見失っていた。
ドシュッ
そして、次に姿を確認したのはディーヴァの後ろだった。
腹部を長い爪が抉っている。
「くうっ!」
ディーヴァは即座に右手の剣を横に薙ぐが、もうその姿はない。
「(ディーヴァの目ですら追えないのか!?)」
考えた瞬間、殺気が近づいてくるのを感じた。
ドッ
間一髪で敵の攻撃を盾で防ぐもその勢いに押され、倒れこんでしまう。
「全てを塵に還す業火よ。我が仇なす者を焼き尽くせ! ソウル・バエラ!」
「ぐあああっ!!」
倒れて動けない隙を突いて、ヴァンパイアは魔法をリトにぶつける。
しばらく火だるまになっていたリトだったが、どうにか火を消す事に成功した。
「そこだっ!」
刹那、ディーヴァがヴァンパイアの背後をつき、カーマインを突き出す。
「煌瞬!!」
だが、敵は攻撃が当たる寸前に地面を蹴り、そのまま跳躍しディーヴァの背後につく。
そして、そのまま爪を……、
キイイインッ
振るったが、今度は間一髪右手に持ったシルバーブレードで防ぐ。
攻撃が弾かれたと悟るや否や、ヴァンパイアは後ろに跳び、再び気配をくらます。

吸血鬼の戦術は基本的に”ヒットアンドアウェイ”。
その素早い動きで敵を翻弄して、己の爪と牙でダメージを与えては退く。
それを繰り返し、敵に攻撃の隙を与えずじわじわと弱らせていくのだ。
そして、この敵は魔神だけあってそのスピードが恐ろしいまでに速い。
現に二人は敵の攻撃を食らってばかりでまだ一撃たりとも攻撃が当たってないのである。
「……来ないな……」
先程からヴァンパイアが襲ってくる気配がない。
猛烈な攻撃が急に止んだ事にリトは逆に恐怖を感じていた。
「闇を作り出し、汝の目を奪いたり。レリエ!」
「!!」
突然、呪文が詠唱される。
気配を消して、補助魔法を使う…。相手の狙いにようやく気づく。
レリエは魔力によって敵の視界を奪う魔法。
当然、今視界が消えれば致命的なのは言うまでもない。
「くっそ……」
リトの視界が完全に消えたのを悟って、ヴァンパイアは猛烈に走りこむ。
ザシュッ
「ぐっ、なぜ…だ……」
攻撃を加えたのはリトの方だった。
そして、その耳には”星の雫”。星の力を宿した耳飾りで盲目、睡眠を完全に防止する。
「なるほど…、その上で敢えて術に嵌った振りをしていたわけか……」
そう言いながら再び後退するヴァンパイア。
銀の短剣を心の臓に突き立ててもまだ動けるとは…、さすが魔神と言ったところか。
だが、その動きは明らかに鈍っていて既にディーヴァには見切れるスピードになっていた。
「はああああっ!!」
二振りの剣を振り下ろし、ヴァンパイアに更なるダメージを与える。
だが、相手は魔神。幾ら傷をつけようとも死ぬ事は決してない。
そしてまたヴァンパイアは姿を消す。
一瞬でリトの目の前に現れ、腕を伸ばす。
「く……っ!」
咄嗟にリトも銀の短剣を翳し、相手にその刃を向ける。
……が、あろう事かヴァンパイアは素手でその短剣を握った。
聖なる力を持つ銀の短剣はたちまちヴァンパイアの腕を浄化し、灰にしていく。
だが、そんな事も気にせずその牙でリトの喉を貫こうと迫ってくる。
リトは咄嗟に盾を捨て、懐に閉まっていたダガーを取り出す。
そして、それを一気に敵の喉元に突き刺した。
「(このナイフは……!!)」
喉元にダガーを刺された事によってヴァンパイアの牙は当然遠ざかる。
さっきから全く動かない敵をリトもディーヴァも黙って見ていた。

しばらくしてようやくヴァンパイアは動いた。
再び身構える二人だが、目の前の吸血鬼からは殺気は全く感じられず、やがて口を開く。
「いいだろう。通行を許可する」
そう言って道を開ける。
警戒しながらも道を渡る二人。
ふとリトが振り返ると吸血鬼は徐々に灰になっていっていた。
それは聖なる力の浄化ではなくまるで役目を終えた魔神が消えゆくかのように……。
そしてリトはこの魔神の最期の声を聞いたような気がした。
『ようやく戻られたか、我らが王よ……』



地下牢を抜けた先には白い床と白い壁、そしていくつもの墓標があった。
「不思議なところなの〜」
ヴァンパイアとの戦いで体力をだいぶ消費しているであろうディーヴァを壺に戻し、今はファル
を従えて先に進んでいる。
そして、墓標が並んでいるエリアに近づいた瞬間、それは姿を現した。
ボコッボコボコッ
「ッ!!」
「みぎゃーーー!!」
地面から腐敗した手が何本も生えてくる。
そしてそれを力点にして二十体近くのゾンビが姿を現した。

第六章あとがき

第六章です。この辺からようやく読める文章になってきているでしょうか……^^;
さすがに古城だけあってほとんど丸一章費やしましたよ。
それにしても廃坑は省き。構想上仕方なかったわけですが書きたかった…orz
文中の開設ですが、終盤で戦った吸血鬼の魔神というのは言うまでもなくダンタリアンです。
当時は戦闘シーンも上手く書けたと思っていましたが時が経つと、ふむ……。
やはり色々と難しいものですよ。

ではここまでお付き合いいただきありがとうございました〜

第七章

突如、目の前に現れた二十体ほどのゾンビ。
下半身は既に完全に腐り落ちており、手で這い蹲りながらこちらに近づいてくる。
「これだけの数を相手にするのは…、どう考えても無理だよな……」
ファルの魔法でもこの全てを一度に流すことは不可能だろう。
かといって、数を減らそうと突っ込めばたちまち囲まれて命を落とすだけだ。
……と、ここでリトはある違和感に気づく。
「ファル……?」
「みい?」
普通の人間でも腰を抜かすような光景だ。
なのに、人一倍怖がりなファルがまったく怯えていない。
「いや、なんでもない。それよりどうする?」
「……………」
ファルは何も言わず、ゾンビの群れに近づく。
当然、呪文を詠唱する声も聞こえない。
「おい、ファ――」
呼びかけようとした刹那、風が吹いた。
明らかに魔力による敵意を持った鋭い風。
それらは刃となり、屍たちを切り刻む。
詠唱破棄、桁違いの魔法の威力、そしてさっきの身も毛もよだつ光景を平然と見ていた事……。
どう考えてもいつものファルではない。
「ファル、今日はそろそろ引き上げよう……」
そう言いながら、ファルの顔を覗き込んだリトは一瞬、驚いた。
ファルは…、彼女は泣いていた。
大きな瞳一杯に涙を溜めて、それでも零れる雫は、とても冷たかった。



明くる日、ベッドで目を覚ますとすぐそこにファルが寝ていた。
「って、ファル!?」
ファルの方は、すやすやとまだ寝息を立てている。
「……こんなところを他の誰かに見られたら……」
幸いまだ早朝で他の魔神が壺から出た様子はない。
下に気配を巡らせてみてもイリスが起きている様子はない。
今ならまだ助かる!
「ファル、起きてくれ」
「むにゅ…、ふみ〜」
呼びかけても起きないので少し強めに揺すってみる。
「うみ…、リト……?」
目を擦りながらようやくファルは目覚めた。

「どうして、俺のベッドの中にいたんだ?」
怒っているとはとられたくなかったので、なるべく優しい口調で話しかける。
「一人で寝るの…、怖かったから……」
「……?」
確かにファルは怖がりだが、今までだって自分の壺の中で寝ていたはずだ。
なぜ今になって寝るのが怖くなったのだろうか?
「あのね、リト……。ファルの中の別のファルが今暴れているの」
「別のファル……?」
「うん。昨日ゾンビさんたちをやっつけたのもそのファルなの。もう一人のファルはとても怖いから…、
 だから一人で寝るのが怖くて……」
そう言って、申し訳なさそうに上目遣いでこちらを見つめるファル。
「いや、そういう事なら気にしなくてい――」
”ソノムスメノヤミニトビコムユウキハアルカ?”
「ッ!?」
神殿の時にも聞こえた心の中からの声。
「ファル、そのもう一人のファルに会うことは出来ないか?」
「ふい?」
いきなり話題がそちらに向くとは思っていなかったのか、ファルはきょとんとした表情になる。
そしてやがて……、
「ファルの壺の中に入れば…、会う事が出来るけど……」
ファルにしては歯切れが悪い返事。
そして、沈黙が訪れる。
「……リトは……」
「うん?」
「リトはもう一人のファルを見ても愛してくれる……?」
「え、ええっ!?」
『愛してくれる……?』
この一言にリトは不覚にも過剰に反応してしまった。
「あ、そういう意味じゃなくて…、その…、ファルをちゃんと今までと同じように見てくれる……?」
妙に慌てて取り繕うファル。
頬を赤らめた彼女の仕草はとても可愛くて、もっと見ていたかったのだが……、
リトはファルの頭にポンッと手を置いてやる。
「大丈夫だよ。もう一人のファルがどんな姿をしていても、ファルはファルだろ?」

そのまま手でわしゃわしゃと頭を撫でてやると、ファルはすぐに笑顔になった。
「うん、わかった。いこう、リト」
二人でファルの壺の中に入る。


暗闇がただそこにはあった。
「ファル、何処だーーー?」
一緒に壺の中に入ったはずの少女を呼んでみるも返事はない。
この闇の中、探すのも一苦労だろう。
どうしようか、と思案していると少し上方に二つの光があるのに気づいた。
「汝が我が主を呼びし者か……」
「ッ!!」
声が聞こえてきたところで確信する。
目の前にとてつもなく巨大な生き物がいる……。
「闇が……」
目が慣れてきたような感覚で少しずつ、だが確実に闇が薄らいでゆく。
そして、相手を確認できるほどの明るさになった。
「これは…、龍!?」
巨大な龍がリトの眼前にいた。
身長は五メートルは優に超えているだろう。
「そういえば、ファルは一体何処なんだ!?」
ある程度、闇が退いた後でも彼女の姿は見えない。
「汝に問おう」
「ッ!!」
首をあちこちに動かしていると龍が声を出した。
「汝はあの娘の力を求める者か?」
「力だけじゃない。全てを共にしている仲間だ!」
「面白い……。ならば一つ教えてやろう……」
龍がそう呟いた瞬間、辺りを光が覆った。

光が収まった時、目に映ったのはどこか見覚えのある町の光景だった。
町にはどんな病、怪我も立ち所に治す薬が売られていた。
最初の方こそ、皆疑い、それを買い求めるものはいなかったが、ある老人が店に立ち寄った。
「孫が高熱を出しておるんじゃ…」
まさに藁にもすがる思いだったのだろう。
やはり多少は疑いつつもそれを買っていった。
それからしばらくして老人は幼い子どもを連れて戻ってきた。
「ありがとう! お前さん所の薬のおかげで元気になったよ!」
そうお礼を言った瞬間、
「俺にも売ってくれ!」
「私も!」
実際に証人ができたからだろう。薬は飛ぶように売れていった。
それは一日で一月は暮らせるような金ができるほどだった。
閉店した後、父親は娘に心の底から礼を言った。
これで後は父親が新しい仕事を見つけることができればそれでいい。
そう、そのはずだった……。


また光が生じ、場面が変わる。

ファルに良く似たスカイブルーの女の子がそこにはいた…のだが……、
「あれはっ!!」
目の前で繰り広げられている光景はあまりにも痛々しかった。
少女の父親がナイフで少女の手を軽く切り、血を採る。
少女の手には……同じ事を繰り返されてきたのだろう、幾つもの傷跡がある。
しかも、その傷跡には古いものと新しいものがあり、さらにはまだ血が滲んでいる傷口すらある。
何日かに一遍…、という次元の話ではないのは明白だ。

再び父親が少女の血を採りに来たとき、少女は聞いた。
「父さん…。私を愛してくれていますか…?」
「勿論! お前は神からの”授かり物”だよ!」
最早、父は彼女ではなく彼女の血しか見ていなかった。
どんな病、怪我をも治す万能薬。
飛ぶように売れて、それとともに少女の腕の傷は増えていった。

ある日、少女は自分の家から飛び出した。
だがすぐに父の率いる兵隊たちに囲まれてしまう。
後ろは断崖絶壁。
「くそ……」
リトはさっきから彼女をどうにかしてやりたい衝動に駆られていたが、どうにも出来ないことに気づいていた。
これは現実ではない。
ほぼ直感でそう思った。
「おいっ! あの女がっ!」
見ると少女は崖から飛び降りていた。
これが彼女の最期なのだろうか……。
”自分の血”という束縛から逃れるために崖から身を乗り出した少女。
地上では、誰のせいだ、彼のせいだと人々が争いを始めていた。
その時、人々の頭上に影が降りる。
「なっななななな…っ」
最初に見たものはまともに喋ることすら出来なかった。
「りゅ、龍……!?」
次に見たものは自分の目に映るものが信じられないようだ。
「なっ、何をしている! 早く殺さんか!」
少女の父親が殺せと命じ、兵は龍に向けて矢を放つ。
だが一本たりとも龍の強靭な鱗を貫く矢はなかった。
そんな光景の”全て”を見ていたリトはその余りにも惨い光景に目を覆いたくなった。
彼の視点からは見えていたのだ。
「あの龍は…、あんたの、娘なんだぞ……」
そう。あの少女が水面に激突する寸前に身体に異変が生じ、突如龍となったのだ。
だが、父はそんな娘を殺そうと躍起になっている。
やがて龍は咆哮を上げ、その圧力で全ての人間を等しく押しつぶした。
「父さん…、私と一緒に…、来て下さい…」
なぜかリトには龍がそう吼えている様に思えた。

血まみれの身体で少女はかつての壺を見つけ、主である魔神と話をした後、その壺の中に入っていった。


「今のがこの娘の過去だ」
「……………」
それはあまりにも凄惨な真実だった。
人であることを放棄してまで助けた実の父親に日に何度も腕を切られ、自分ではなく、自分の血しか見なくなって。
幼い少女が最も欲した愛は欠片もなかった。
そればかりか、身体の中に流れる龍の血は自らを全てを畏怖させる姿へと変貌させ、それに父は弓を放った。
あまつさえ、命を狙われ、そして……、
「最後にこの娘は自らが救った実の父親を殺したのだ」
リトは静かに目を閉じた。
「(ああ、そうか……)」
旅の道連れであるスカイブルーの長い髪をした少女がいつも笑顔を絶やさない理由が分かった気がする。
いつも笑って、皆から”愛”を欲しがっていたのだ。
或いはそうする事によって自分の忌むべき記憶を少しでも遠ざけようとしたのかもしれない。
「ファル…。お前がそうなんだな……」
そう言いながらリトは一歩一歩龍に近づく。
「我の姿を見て、あの娘に畏怖を持ったか」


暗闇の中にファルはいた。
ここは何処なのか?と問われれば、恐らく心の中、という答えが一番相応しいのだろう。
「(皆、ファルの事は見てくれない…。本で語り継がれているのもファルの血と龍の話だけ……。誰もファルに愛をくれない……)」
「ファル! 聞こえているんだろ! 俺にとってファルは大切な仲間だ!」
「(リト……?)」
聞こえてきた声と僅かな光。
なんとなく、そちらに近づいていく。
だが、その光は一向に近づかない。
まるでこちらが近づくたびに遠ざかっているかのようだ。
「(どうして……?)」
「ファルが龍だとしても、俺にとっては大切な仲間だ! そんな事は関係ない!」
リトの言葉を聴いた瞬間、ファルの胸の中に希望が降りる。
それと同時に今まで一定の距離を保っていた光との距離が縮まっていく。
「俺はファルを仲間として愛している! 魔神だからじゃない! ファルがファルだからだ!」
ファルの胸の中は既に遠いあの日の感情に満たされていた。
自分を…、この力も全てを含めて自分を見てくれる人、ようやく見つけた。
気がつけば光もすぐ目の前まで来ていた。
迷わず、そこに飛び込む。


「リト〜〜〜!」
突然、出てきたファルにリトは一瞬驚くが、すぐに両手を開いて抱きとめてやる。
見るとファルは目に涙を一杯に溜め、そこから雫が頬を伝っていた。
リトはそんなファルを見て微笑むと髪を優しく撫ででやった。
”汝にならこの娘を任せても良いだろう。我も力を貸そう”
龍の声が頭の中に響いた直後、暗闇が完全に引き、元の道具屋に戻っていた。
その後、ティララたちが部屋に入ってきて一騒動あったのだが、それはまた別の話である。



「我の意思のままに、全てを暴風で吹き飛ばさん! ゼレム・サー!」
地を這いずり回るゾンビたちを暴風で一掃する。
だが、まるで限りがないかのように墓標から次々に新たな屍が姿を現す。
「どうなってるんだ!?」
「リト〜、もう疲れたよ〜」
確かに、ファルはさっきから魔法を連続で発動しているため、限界が近いだろう。
リトも風の杖「ルーンスタッフ」でゾンビたちを攻撃してはいるが、如何せん数が多すぎる。
「やっぱり逃げよう!」
「みいっ!」
走り出した瞬間、ファルは頭にネコ耳のついたカチューシャをつけた。
「……ファル。何、それ?」
「あのね、カーミラさんから『逃げるときにつけてね〜』って言ってたの〜」
「そうか……」
リトはため息をついた後、走り出す。
内心、ファルのあまりもの愛らしさに動揺していたのだが……。


行き着いた先はさっきまでのを反転したような黒の基調の空間。
奥の方からはズシリッという巨大な生物が蠢く音が聞こえてくる。
この先には巨人がいる。
既にリトは前に見た夢と現状を繋げていた。
「(じゃあ、あの王は……?)」
疑問に思いつつもリトは疲れているであろうファルを壺の中に戻す。
「(巨人が群れている事はないだろうから、ディーヴァと一緒に行くべきか…?)」

紫色の壺を取りだし、蓋を開けるリト。
すぐに銀髪の少女はその姿を現した。

「ゴガアアアッ!!」
持ち前の巨体から繰り出される棍棒の一撃。
それを交わすために跳躍し、二人ともその高さを利用して両肩に斬りつける。
だが、それに怯んだ様子はなくまた棍棒の一撃。
……長い。
巨人の体力は相当なもので、先ほどからたった一体の敵に足止めを食らっている。
「く……っ」
ディーヴァの顔に苦悶の表情が浮かぶ。
やはり、シールドを装備していないディーヴァには長期戦はきついようだ。
1対1だからと言って、ディーヴァをパートナーに選んだのは早計だったかもしれない。
だが、今更悔やんでも仕方のないこと。
「冥透!」
ディーヴァが巨人の胸元を強く斬りつける。
その一撃でようやく巨人は地に伏した。
「少し、休むか……」
墓標の並ぶエリアから一気に走ってきて巨人と戦ったのでリトの身体はかなり疲弊していた。
ディーヴァもリトの言葉に従い、二人は毛布を被る。
冒険者というものは時間の感覚が麻痺してくるものだが、今は疲れた身体を休めるのが先決だろう。
「(あの巨人たち……、元は人間だったんだよな)」
前に見た夢は最早確証となり過去となっていた。
誰の過去かは分からない。
記憶を失う前に話を聞いたのかもしれない。
何かの尾を掴んだと思ったらリトの意識は深いまどろみの中に落ちていった。


「魔力による障壁を我と共にある者へ! ルーツ!」
巨人の攻撃が飛んでくる瞬間、ティララが防御呪文を唱える。
盾で巨人の腕を受け止め、咄嗟に剣を逆手に握り直す。
そして右斜め上に一気に薙いだ。
「グギャアアアアッ」
斬られた衝撃に巨人は叫び声を上げ、腕を引っ込める。
「炎よ、形を成し、仇なる者を焼き尽くせ!バエラ!」
すかさずティララが巨人の顔面めがけて炎を放つ。
しかし、その攻撃は腕で簡単に防いでしまった。
だがそれこそが二人の狙い。敢えて魔力の消費の少ない魔法で敵の視界を塞ぐ。
「でええええいっ!!」
既に空中高くにいたリトが剣を両手に持ち、重力とともに巨人に斬りかかる。
しばらく痙攣を起こした後、巨人は倒れ、地響きが鳴った。
やはり、ティララで長期戦に持ち込んだ方が巨人とは戦いやすいようだ。


「なあ……」
「どうしたの?」
今いるのは抜け道の中のくぼみの部分。
ここで息を潜めて巨人たちに見つからないようにしようという考えである。
しかし、何分その窪みは非常に狭く……、
「というか、なんで目線を私から逸らしてるのよ?」
「いや、なんていうか……」
狭い場所に二人の男女が共に入ろうとすれば当然、身体が密着することになる。
加えてリトの腕にはティララの胸部のふくよかな感触がその存在感を醸し出していた。
このままだと、探索中にも関わらず不埒なことを考えてしまうかもしれない。
そう思うとどうしても彼女とは目が合わせられないのだった。


「大分深いところまで来たわね」
辺りに注意を払いつつ、そう言うティララ。
実際、かなり深くまで潜っているのは分かる。
ひょっとしたらもう出口は近いのかもしれない。
「と、来るぞ。ティララ!」
再び巨人が目の前に立ちはだかる。
「石英よ!今一度意志を与えん。わが敵に向かえ、トアー!」
足元を狙って放った石英は見事に命中し、巨人はそのまま転倒する。
そして、その瞬間リトが巨人に駆け寄る。
上に乗って何度も銀の短剣でその体躯を貫く。
「うぐっ、グゲアアアッ!!」
リトを引き剥がそうとした巨人の腕が当たる。
その衝撃でリトは壁まで吹き飛ばされた。
バチィッといういやな音が空間に響く。
「うう……っ」
「リトッ!」
すぐにティララがリトに駆け寄る。
「グオオオオッ」
「ッ!! トアー!!」
立ち上がった巨人に再び石英をぶつけ、動きを止める。
そしてようやくリトの元まで来たティララは治癒魔法を唱えた。
巨人は既に先ほどの刺突攻撃で体力はそう残ってはいないだろう。
対してこちらには治癒魔法を使えるティララがいる。
「でえええいっ!!」
リトが素早く駆け出し、剣で巨人の足を真っ二つにした。
幾重にも攻撃を食らった巨人はついに息絶えた。


「この向こうに何かあるみたいだな」
奥の方は暗くなっていてよく見えないが、どうやら洞窟のようだ。
恐らく抜け道の出口だろう。
「行きましょう」

しばらく歩けばそこは見慣れた洞窟の中だった。そう、ここは……、
「廃坑?」
「みたいね。しかもこの間探索に来た時に行けなかった扉の向こう側みたいよ」
そう言いながらティララは見覚えのある黄色い扉を指差した。
そしてリトはその近くにある宝箱に気がつく。
「鍵……?」
入っていたのは始めてみる形状の鍵。
その奥には手に入れたどの鍵でも開かなかった黄色い扉。
試しに鍵穴に通してみたら見事に扉は開いた。
「『神官はその命とともに誰にも見つからない場所に鍵を隠した』あの言い伝えはこういう意味だったのか……」
「神官の扉の向こうにある神官の鍵……、確かに最も隠すのに適した場所ね」
ともあれ、これで行動範囲が広がる。
確か神殿にもこの黄色い扉があったはずだ。
大きな収穫を荷物袋に入れて近くのゲートから町に戻った。


「これで神殿の向こう側にいけるわけだ」
町に戻った時、まだ昼だったのでリトはそのまま酒場に来ていた。
前に来た時よりも人は少ない。
なぜか?と問われればそれは至極簡単だが、それでいて答えづらい。
「ほう、それが神官の鍵ですか……」
前にも見た長い金髪の青年が興味津々にそれを見てくる。
「空想上だけの存在だと思っていましたが…、この目で拝める時が来るとは思いませ
んでしたね」
「いやはや全く…、古城を制覇したりホントすごいな、君は」
マスターまでリトの事を褒め称える。
リトは半分照れ隠しで酒の入ったグラスを口にした。


ザシュッ ズババッ
「これだけ集めれればいいかな……?」
ここは地下水道。
冒険の時はここが島の東側と西側を隔てているのだが、今回はイリスの頼みでクラゲの刺身の調達に来たのだ。
そして、もうそろそろ切り上げようとした時にリトはあることに気づいた。
「―――――ッ!!」
ディーヴァーがひたすらその両手に握られた剣でクラゲを殺している。
瞬く間に新たな屍が出来上がっていく。
その様はとても食料の調達には見えない。
紛れもなく殺戮そのものだった。
「おい! どうしたんだよ、ディーヴァ!?」
思わず、その肩に手を乗せて大きく名前を呼ぶリト。
「え…、あ……」
それでどうやら正気に戻ったようだ。
「どうしたんだ、一体?」
暴走状態…、という感じでもない。
まるでディーヴァの中に別の人格があり、それが殺戮を楽しんでいるような感じだった。
「詳しい話は道具屋に戻ってから話す。今言える事は……」
一旦言葉を切ってからディーヴァは言葉を紡ぐ。
「また”奴”が目覚めた」
その顔はまさに”鬼気迫っている”という表現が相応しかった。

あとがき? 言い逃れ?

なんかディーヴァで締められる事が多いのはなぜでしょうか?というわけで第七章の 終了です。
今回のメインは”ファルのブーストの開放”これにつきますねw
ファルの悲壮な過去を長すぎず、それでいてきちんとしたイメージで伝えようと色々 工夫しましたがいかがでしたでしょうか?
私自体がファル好きなので手の込みようが違うというのは内緒の話ですよ?
それから、当初のカップリングはリト×ティララの予定だったのにいつの間にかリト ×ファルの線になってきていますね。
このまま突っ走るべきか、路線を戻すべきなのか……^^;。

ではではここまでお付き合いいただき、ありがとうございました〜


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