リトの試練と毛玉生物

〜ジェラシーとワガママの板ばさみ?〜

 

「……今日はこの辺にしとくか。」

誰に言うでもなく、リトは呟いた。いつもなら旅の道具が入っているはずの背中の

袋は、なぜかガサゴソと音を立てて、中で何かが動いている。

そして、右手にもう一つ、重そうな袋を引きずっていた。

時は……例の悪夢から一月ほど経ったある日のことである。

「さてと、帰るか……」

薄暗い洞窟から外へ出たリトを向かえたのは、実に美しい満天の星空だった。

「……夜だとぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

ここら辺で、事の経緯を説明しておこう。同日、早朝まで時間はさかのぼる。

 

「う……ん。」

自分の部屋のベッドで、リトはまどろんでいた。

下からは話し声が聞こえる。どうやらもうみんなは起きているようだ。

トットットットット……

「……?」

まどろんでいるリトの耳に、足音のようなものが聞こえた。

誰かが階段を上がっているのだろうか。

程なくしてリトの部屋の扉が大きな音と共に開け放たれ、

(ま、まずい!!)

と同時に、リトの眠気が一気に吹き飛んだ。

が、もう遅い。

「みいっ、リトぉ〜〜〜♪」

布に何か大きなものが飛び込んだような、鈍い音が部屋に響き渡った。

「はぐわあっ!!」

扉の向こうから彼のベッドに飛び込んできたのは、青い髪の少女だった。

リトにフライングだっこぎゅープレス(?)を食らわせた少女は、

「リト〜、朝ごはんできたよ〜〜。下行こ〜〜☆」

と、布団越しに抱きつきながらリトに言った。

「てて……。わかった。わかったから、放してくれ」

「みいっ、ファルの勝ちぃ〜♪」

いったい自分が何の勝負に負けたのかわからないまま、リトはおもむろに起き上がった。

「みいっ、ファルは先に行ってるよ。」

そういって、自らをファルと呼んだ少女は部屋を出て行った。

思えば数日前に包帯が取れてから、この起こされ方はもはや恒例行事となりつつあった。

おそらくファルは、『包帯が取れた』=『怪我が治った』と思い込んでいるのだろう。

しかし、現実は決してそうではない。肘の辺りなどはいまだに痛むし、

腕を回そうとしても満足に動かない。そんなわけで、包帯が取れてからも

リトは外出は控えていたのである。

「……まあいい。とりあえず朝食だ。」

明日こそはファルよりも早起きして、直撃を食らわないようにしようと心がけるのだが、

どうしても実現するのは難しかった。

 

 

 

「怪我はだいぶ良くなったみたいね、リト。」

「……おかげさまでね。」

「あら、何のことかしら?私は関係ないはずでしょ?」

「……」

部屋を出たリトを迎えたのは、桃色の髪の女性だった。

彼女こそが、一ヶ月前のリトの大怪我の原因の一人だった。もちろん、彼女一人の

責任ではないのだが……。

「……もうあんな馬鹿な騒ぎは起こさないでくれよ、ティララ。」

「あら、私に学習能力がないとでも思ってるの?あんなつまらないいさかいで、誰かが

 死ぬのはゴメンだわ。」

「それを聞いて安心したよ。さ、朝食にしよう。」

そういって二人は、階段のすぐ横にある居間へと入っていった。

中にはすでに、テーブルに食事が並べられていて、ファルと、もう一人の少女が

席についている。

「あ、リトさん。おはようございます。」

「おはよう、イリス。今朝はイリスが作ったのか?」

席に着きながら、リトはイリスという少女に問いかけた。

「はい。けど、ディーヴァさんも手伝ってくれましたよ。」

「……で、そのディーヴァは?」

「後片付けをお願いしたんです。そろそろ、上がってくると思います。」

イリスの返事に、リトは軽く頷いた。

程なくして、短剣を持った銀髪の少女が上がってきた。

「起きたか、リト。今朝も顔色が優れないようだな。」

「一応それは、俺を気遣ってくれているのか?」

「皮肉と取るのは、そちらの勝手だ。」

ディーヴァと呼ばれた少女は、持っている短剣を鞘に収め、テーブルの上に置いた。

「じゃ、頂きましょうか。」

「ああ。」

ディーヴァが席に着いたのを確認すると、一同は食事を始めた。

 

 

 

「ねぇ、リト〜。この前の約束、覚えてるよね。」

一通り食事が済んで、一息ついているとき、不意にファルがリトに問いかけた。

「え?……したっけ、何か。」

そのとたん、イリス以外の全員がリトに冷ややかな視線を送った。

「あなた、まさか……忘れたの?自分で言っておいて。」

睨みつけるような眼差しで、ティララは言った。

「まったく、自分に都合の悪いことを忘れるとは……最悪な男だな。」

ふう、とため息をつき、皮肉を言うディーヴァ。

事情があまり飲み込めず、首を傾げているイリス。

そしてファルは、うつむいたまま黙り込んでいる。

急に気まずい沈黙が、その部屋を支配した。

(え?え?何!?)

自分がどんな約束をしたのか、リトは思い出そうとした。

が、全く心当たりが見当たらない。

「自業自得ね。」

何故か、らしくもなく冷たいティララ。先ほど入れた紅茶をすすりつつ、

冷たく言い放った。ふだん、こういうときに一番最初に

助け舟を出してくれるのは彼女のはずだが……。

「あの、皆さん……。何が……あったんですか?」

事情を全く知らないため、一人取り残されてしまったイリス。

「ちょっと、な。」

ディーヴァはイリスのほうをちらりと見て、そう答えた。

「……。」

「……。」

未だにうつむいたまま、黙り込んでいるファル。

その長い前髪に顔が隠れてしまい、どんな表情をしているのかはわからないが、

今にも泣き出しそうになっているのは明らかだった。

(仕方ないな……)

あまりこういう空気が好きではないディーヴァは、リトに助け舟を出した。

「お前を泣き止ませようとして、リトが約束したんだろ、ファル。」

ファルは、何も言わずうなずいた。

「え、え〜と……。」

そういえばそんなことをしたような気はするが、

具体的に何を約束したのかが思い出せない。

「……全く。確か、白いのが1匹と普通のが3匹だったな。」

「……あっ!」

どうやら、自らが一月前交わした約束を思い出したようだ。

「クゥを捕まえてくる……だっけ?」

そのリトの言葉を聞いたとたん、ファルの表情がぱっと明るくなった。

「もう、リトぉ!!わざと忘れたフリしてたの〜〜!?」

「あ、いや、まぁ……。」

(絶対嘘だな……)

(なによ、デレデレしちゃって……)

2つのの突き刺さるような視線を感じつつ、リトは苦笑いにも似た表情をした。

しかし……。

「え、え〜と……それじゃ、ちょっとファルも手伝って……」

「……それはいやなの。」

(やっぱり……)

世の中そんなに甘いものではない。

「ファルが自分で行くんじゃ、意味が無いの〜!リトが一人で捕まえてきてなの!!」

プレゼントとは、相手が好意で送ってくれる物の事であり、

受け取る人間が苦労しては意味がないのは言うまでも無いことだ。

 

ここでまず、クゥとはどんな生物であるか説明しよう。

見た目は全身毛むくじゃらで、ちょうど抱きかかえられる位の大きさである。

最もよく見られるのが青いもので、こちらは時折洞窟などで跳ね回っているのが

見られる。その尻尾は、しばらくの間魔物を寄せ付けない結界を張ることができるが、

非常にすばしっこく、見つけたら手早く捕まえないと不意に消えてしまうのである。

ごくごく稀に見られるのが、白や赤、黄色や緑のカラフルなクゥである。こちらは

身体能力や精神力を発達させるドロップを落とすが、普通見かけることはまず無い。

しかし、ファルの目的はドロップでも尻尾でもなく、クゥそのものなのである。

彼女は非常にもじゃもじゃした物が大好きで、クゥを何匹かコレクションしているのだ。

つまり、クゥを全く傷つけず、生け捕りにする必要があるのである。

これは容易な事ではない。一人でやるのならなおさらだ。

 

「じゃあ、ティララは……」

「い・や・よ。」

リトは奈落の底に突き落とされたような絶望に陥った。

こういうとき、いつもの彼女なら真っ先に力になってくれて、ちょっとした負い目も

笑って許してくれたはずだ。それなのに……。

「あなたが自分で約束したことでしょ?自分で守れなくてどうするのよ。」

なぜか今日のティララはいつに無く冷たかった。

ここまで他人に辛く当たった事は全く無かったし、彼女なら相手に不満があったとき、

隠し立てなどせずちゃんと相手に訴えて、不満を解消するはずだ。

ただ一人を除いて、彼女が不機嫌な理由は誰にもわからなかった。

(こいつ……妬いているな。)

ツン、とそっぽを向いて、リトを冷たくあしらうティララを一瞥し、ディーヴァは悟った。

その上で、あえてディーヴァは

「どうやら、さすがにこの前の騒ぎは老骨に応えたようだな。」

……と、ティララを挑発するような事を言った。

当然、これに黙っているティララではない。

突然大きく、そして鋭く風がうなる音がした。

直後、鋭い金属音が当たりに響く。

 

そして、何かがテーブルに突き刺さる鈍い音。

 

「……今、何て言った?」

彼女はすかさず自分の手元に置いてあったフォークをディーヴァに投げつけた。

「ふっ……気にするな。ただの余興だ。」

もちろんやすやすとやられるディーヴァではない。

すかさず傍に置いてあった自分のアームガードで、見事にフォークを跳ね返した。

「余興に命賭けるなんて、あなたも随分な勇者ね……?」

「お互い様だ。余興で人を殺めるにしろ、穏やかではないだろう。」

「あの、二人とも……その辺にしといてくれると、と〜っても嬉しいんだけどなぁ。」

妙に顔を引きつらせ、両手を挙げたリトが言った。

彼の目の前には、先ほどティララが投げたフォークが突き刺さっている。

「……今日は彼に免じて許してあげるわ。この次は無いと思いなさい。」

「随分と有難い返事だな。」

そういってディーヴァはアームガードを身に着け、

今にも泣き出しそうになっているファルと恐怖に凍り付いているイリスを

尻目に立ち上がった。

 

ディーヴァの言う「この前の騒ぎ」とは、

全ての発端である一月前の古城での出来事のことだ。

ティララ、ディーヴァ、ファルの三人は、一月前に古城で初めて顔を合わせたのだが、

不器用なディーヴァは、些細なことからティララといさかいを起こし、挙句

リトが大怪我を負い、古城が崩壊するという大惨事に発展したのであった。

その際、2人の喧嘩を怖がって泣き止まないファルを泣き止ませようとして、

リトがファルに今回の約束をしたのだ。

 

「あ、待ってくれ。ディーヴァは……」

「断る。」

即答である。やはりどうあっても自分で捕まえろ、ということか……。

「私は今晩の食事の材料を取って来なくてはな。悪いが一人で行ってきてくれ。」

「ああ……わかった。」

ガックリとうなだれるリト。一息ついたあと、準備をしなくては……。

憂鬱な気持ちで、そんなことを考えていた。

 

 

 

以上、少々長くなったが、そんなわけでリトは一人でクゥを探しに来たのだった。

とりあえず、一番危険の少ない王の墓所に探しに来たものの、

時間のわりにあまりよい成果は得られなかったのである。

「今日のところは一匹だけか……。しかも夜まで頑張ったのに……。」

中途半端な成果のまま、帰ってはいけないような気がしたリトは、適当な場所を見つけ

野宿することにした。

「ここら辺だな……。」

見通しのよい場所に腰を下ろし、リトは火を焚き始めた。

次第に、パチパチと音を立てて、赤い炎が上がってくる。

「お願いだから逃げないでくれよ。」

そう呟いて、背中のクゥが入った袋を下ろし、口を紐できつく縛った。

もうひとつの袋から毛布を取り出し、それにくるまって焚き火を眺める。

念のため、野宿のためのものを持って来てよかった。初めのうちは、

頭のどこかで一日で片付くなんてことを考えていたが、そんなことは無理に決まっている。

「一人きりか……。」

リトは、この島に流れ着いたばかりの頃のことを思い出していた。

(そうだ……はじめのうちは、本当に一人ぼっちだったんだ。)

このところは仲間と過ごして、孤独の心細さなんて忘れかけていた。

いつの間にか、いつも頼れる仲間がいることが当たり前になっていたんだ。

でも……それは決して当たり前なんかじゃない。

「……こんなこと考えても仕方ないよな。」

とりあえずリトは、明日に備えて眠ることにした。

 

 

 

「……っくしゅ!」

冷たい朝の風が、リトの顔に吹き付けた。寒い。

「んん……!朝か……。」

すこし伸びをして、リトは起き上がった。ちょうど、海の向こうから

日が昇ったところだった。

「そうだな……今日はどうするか。」

とりあえず、どこに行けばクゥが捕まえられそうか、リトは少し考えた。

しばらくして、ある人物のことが頭に浮かんだ。

(そうだ!彼女なら……)

リトは荷物を背負い、地下水道の方へ向かって歩き出した。

おそらく彼が目指すのは、島の西側だろう。

 

「な、何だこりゃ……」

地下水道に入ってすぐ、リトの目に飛び込んできたのは

まるで何かが暴れたかのような後だった。

洞窟の壁は何箇所もえぐれ、まるで何かがたたきつけられたような跡さえ

あった。そして、普段ならこのあたりで浮遊しているはずの、大量のクラゲが全くいない。

死体さえも見当たらなかった。

(夕べのおかずはクラゲの刺身か……)

おそらくこれは、ディーヴァが「食材」を狩った跡だろう。クラゲなら割と

近場で手に入るし、彼女なら労せずして大量のクラゲを虐殺できるはず。

加えて、クラゲの刺身は非常に美味で喜ばれる。

たしか、ティララもこれが好きだったような気がする。

「ま、いっか。とりあえず先に進もう。」

まだ、この中の全てのクラゲがいないとも限らない。そう思ったリトは、

道具袋の中から剣を取り出し、腰に差した。

 

不気味なまでの静寂。耳を澄ませてみても、水の流れる音と、

時折水滴が落ちる音しか聞こえない。

(こうも静かだと不気味だな……)

一人で歩いてみると、普段は気にならないようなことまで気になってくる。

何故かリトは、無駄に神経を磨り減らしているような感覚を覚えた。

(止めだ!とりあえずゲートまで進もう。)

不安にも似た感情を振り払い、リトは少し早足で進んだ。

 

ちなみに、彼が思い浮かべた「ゲート」とは、この島のいたる所に点在する

「アストラルゲート」と呼ばれるものだ。外見はただの白い石碑のようなものだが、

中央にあいた穴にクリスタルをはめ込むと、その機能を発揮する。

つまり、そのゲートを介して亜空間に移動することができ、そこから

他の場所にあるゲートへ移動することができるのだ。これは非常に重宝する移動手段で、

迷宮の中で厳しい状況に陥っても、ゲートさえ見つければ

また村に戻ってくることができるのである。

 

しばらく進むと、曲がり角に出会った。

(確かこの先の道を左に進んで……)

考え事をしながら進むリトの視界に、突然何かの影が飛び込んできた。

「うわっ!?」

間一髪のところで、影とぶつかるのを避けるリト。

体勢を整えながら、影のほうに向き直る。……クラゲだ。

「仕方ない、1匹ぐらい!!」

腰の剣を抜き、リトはクラゲに切りかかった。

難なくクラゲは真っ二つになり、地面に落ちる。

「ふう……」

突然の事に驚いたが、これぐらいは何ていうことは無い。

気を取り直し、リトは目の前の曲がり角を曲がった。

狭かった通路から、一際大きな空間に出る。

真ん中には川のように水が流れており、洞窟中にせせらぎの旋律を響かせていた。

念のためリトは、あたりを見回した。

少々明かりが少ないため、姿ははっきり見えないものの、

何匹ものクラゲが蠢いている気配がした。

(ここは避けていったほうが無難だな。)

そう考え、リトは歩き出した。クラゲの気配をよけつつ、

水路に掛かっている橋へと移動する。

橋を渡ってしまえば、後は特にややこしい道順は無かったはずだ。

リト自身、この地下水道は何度も訪れた場所であり、構造もほとんど把握している。

そのため、知らず知らずのうちにリトは少しづつ油断してしまっていた。

(よし、もうすぐだ。)

一直線の狭い通路に出た。後は、ここを直進するだけだ。

タタタタタ……。

特に急ぐ必要も無いのに、何故かリトは早足になっていた。

特に危険な気配も感じない。強いて理由を挙げるならそれだろう。

しかし、そこに落とし穴があった。

(……にしても、何であんなにティララは冷たかったんだ?)

走りながらリトはそんなことを考えていた。

彼自身、特に心当たりは無い。ここ数日はもちろん、

出会ったときからそんな嫌われるようなことをした覚えは無かった。

突然、一月前のことが頭に浮かんだ。が、やはりその時にも心当たりは全く無い。

(……帰る頃には、いつも通りに戻るかな?)

次の瞬間、リトは目の前にクラゲがいることに気が付いた。

「のわっ!」

走っていたままの勢いで、思い切りぶつかりそうになるが、かろうじて斜め前に

避けることができた。しかし、かなりの勢いで洞窟の壁にぶつかってしまった。

「てて……」

何とか立ち上がり、剣を構えようとする。

しかし、それよりも一瞬早く、クラゲの触手がリトの右手を打った。

「ぐっ!!」

はじかれた勢いで、剣を手放してしまった。かなり離れた地面に、

リトの剣が突き刺さる。

(くそっ!)

急いで剣を拾おうとするが、すかさずそこにクラゲが体当たりを仕掛けた。

「ぐはっ!」

突然の攻撃に、鈍い音と共に突き飛ばされ、

リトは壁に座り込むような状態になってしまった。

急いで立ち上がろうとしたとたん、リトの左足に激痛が走った。

先ほど倒れこんだ時に、たまたまそこにあった尖った石が突き刺さったのだ。

何とか手を使って立ち上がろうとするが、右手がしびれて全く動かない。

おそらく、先ほどはじかれた時だろう。クラゲの毒にやられたのだ。

(動けない!?)

単独での戦闘において身動きが取れなくなること。それはすなわち死を意味していた。

(殺られる……!)

死を覚悟し、リトが目を閉じたそのときだった。

あたりに鈍い音が響いた。恐る恐る目を開けると、目の前にいたクラゲを

何かが貫いていた。やがてそれが引き抜かれると、

宙を浮いていたクラゲが地面に落ちる。

「……?」

「みっつめ、っとお……。私から逃げられると思った?」

聞き覚えのある声と口調。まさか……。

「あれぇ?リトじゃない。こんなところで何やってるの?」

思ったとおりの人物が、クラゲの向こうから現れた。

黒い衣装に、短めの金髪の女性。まさしく、自分が会おうとしていた人物である。

「見れば一人旅の様子……さては、追い出された?」

手に持っていた真紅の刀を鞘に収めつつ、女性はリトに問いかけた。

「何でそうなる!?そういうカーミラこそ、こんなところで何してるんだ。」

「だあってぇ、最近リト君ってば全然遊びに来てくんないからぁ、

 わざわざここを通って逢いに行こうと……」

カーミラと呼ばれたこの女性は、わざと顔を赤らめて、もじもじしながらそう言った。

「そこ、見え見えな嘘をつかない。」

「う〜ん、リトのくせに引っかかんないなんて生意気。」

「あのなぁ……」

別にこれぐらいのやり取りはもう慣れっこになってしまった。

これが、彼女にとっては挨拶みたいなものなのだろう。

その明るい性格ゆえ、基本的に彼女は誰からも好かれていて、

非常にとっつきやすい人物なのである。

「で?結局リトは何やってるわけ?」

「それについてなんだけど……とりあえず、店まで連れて行ってくれないか?」

「仕方ないわね。立てる?」

「……動けない。」

動かせるのは左腕と右足だけだが、それだけで立ち上がるのはかなり難しいだろう。

「はあ〜。仕方ないわね、はい。」

カーミラが差し出してくれた手につかまり、何とかリトはカーミラの肩を借りた。

「情けないわねぇ。あの程度のやつに殺されかけるなんて。」

「なっ……!こっちにも深い訳が……!」

「やっぱり、追い出されたんだ。」

「……もういい。向こうに着いてから詳しく話すよ。」

 

 

 

落ち着いた雰囲気の小さな店。それほど大きくない部屋の中に、明らかに

浮いているオブジェクトがあった。白い石碑のような物体が立っており、

その脇にクリスタルの柱のようなものが4本隣接されていた。アストラルゲートである。

するとにわかに中央の物体から2つの人影が出てきた。リトとカーミラだ。

「はい、到着っとぉ。」

「てて……」

左足を押さえつつ、リトは苦悶の表情を浮かべた。

「あ、ちょっと待って。今薬と椅子持ってくるから。」

「ああ。」

すぐ脇の壁にリトを預けると、カーミラはカウンターの奥へ消えていった。

ここが彼女が構えている交換所である。洞窟の中などに生息している魔物などから

手に入る、全く利用価値の無いものをここでは貴重な道具と交換してくれるのだ。

程なくして、彼女は長めの椅子を抱えて戻ってきた。

「はい、コレに座って。」

「よっ……と。」

椅子に腰掛けたリトは、思わずほう、とため息をついてしまった。

「はい、ちょっとしみるけど我慢してー。」

「ああ。……!?〜〜〜!!」

想像以上の痛みに声にならない叫びを上げるリト。カーミラの手つきは

かなり慣れたものであったが、その実リトの痛みを思いやる心がけなど全く無かった。

「もう、うるさいな〜。後は包帯巻いて終わりだから。」

(……殺されるかと思った。)

ようやく痛みから解放されたリトは、本気でそう思ってしまった。

「そういえばさぁ、こないだ古城が吹っ飛んだって話、知ってる?」

「っ!!さ、さあ〜?最近こっち側あんまり来てなかったから知らなかったな〜。」

「あんな大きなものがいきなり音立てて崩れちゃうんだもん。

 すっごい驚いたよ。まったく、何が起こるかわかった物じゃないねぇ。」

「そ、それもそうだな。一体何があったのやら……。」

行き過ぎた喧嘩が城一つ吹っ飛ばすだなどと、誰が思いつくだろうか。

「一つ気になるのは、城が崩れる少し前にどこかで感じたような鋭い殺気が

 飛んできたんだよねぇ。」

(こんな方まで届いたのか、ティララの殺気……)

「さてっと。そろそろ何やってたか話してくれる?」

「ああ、実は……ある理由でファルが泣き止まなくなって……」

リトは、ファルを泣き止ませるためにクゥをプレゼントする約束をしてしまったこと、

そしていざ捕まえに行くとなると何故かみんなが冷たくて、(特にティララが)

結局1人でクゥを捕まえる羽目になってしまったことを話した。

(もちろん1月前の惨劇のことは伏せて)

「ふーん。白クゥだなんてあんたも馬鹿な約束したねぇ。」

「だ、だって普通のクゥだと満足しないだろうと思って……」

「で、収穫はあったの?」

「普通のクゥが1匹だけ。」

「……まぁ、あきらめないでがんばりなさい。」

そういわれると余計やる気を無くしてしまう。

「それで、カーミラなら何かいい方法知らないかなって思って

 ここに来ようとしたんだけど……」

「その途中であのザマ、って訳ね。にしても、どうして私なの?」

「ほら、何か変なこと色々知ってそうだし、それにあんまり自覚ないみたいだけど、

 カーミラだって結構なおば……」

「……このカウンターの中に、何が詰まってるか知らない貴方じゃないわよねぇ?」

カウンターの上に手を置き、静かにリトに微笑みかけるカーミラ。

リトは容易に想像できた。カウンターの中には、

おそらく店内に展示しきれない商品が保管してある。

展示しきれないほど在庫があって、この状況で彼女が使うであろうもの……。

すなわち、爆裂玉等の爆弾の類である。

しばらくの間、実に気まずい沈黙が流れる。

「ごめんなさい。すいません。なんでもないです。」

「わかればよろしい。」

どうやら許してくれたらしい。かろうじて命拾いしたリトであった。

「う〜ん、クゥの捕まえ方ねぇ。私もあんまり詳しいことはわからないけど……?」

「あら……そう……。」

一番望まなかった答えにうなだれるリト。

「まーまー、そうやってヘコまない!難しく考えるより、行動してみたほうが

 意外と成果が上がったりするかもよ?」

「でも……何かよく分からないけど

 ちゃんと捕まえて帰らないと物凄く居づらい気がするんだよなぁ〜。」

「……それって、ティララのこと?」

「ああ……なんでかな?そんな嫌われることしたつもりは無いんだけど……。」

「(……大体想像はついたわ……)真面目に捕まえてった方が

 さらに居づらくなると思うけど?」

「へ?何で?っていうか、今妙な間があったんだけど……」

「まーまー、気にしない。そんなにファルとの約束守りたいんなら、

 あてにならないアドバイスぐらいはしてあげるけど?」

「あてにならないってのが気になるけど、まぁいいか。」

「普通そういうことは黙っておくもんでしょ。まぁ、いいわ。

 とりあえず、島の中で大きな変化があったところに行ってみればいいんじゃない?」

「……え?」

予想外の返事に少々驚くリト。

「何で大きな変化があったところなわけ?」

「ほら、クゥを追いかけてると捕まえる途中でフッって消えちゃうでしょ。

 あれは、クゥが私たちがいるこの空間のちょっとした隙間に入り込んじゃうことで、

 私たちが追うことも見ることも出来ない亜空間に移動してるからなわけ。」

「……そうだったのか。」

「もちろん、現れるときもそう。亜空間からこの空間のちょっとした隙間を見つけて、

 そこからこの空間に移動するの。だから、私たちが洞窟とかで動き回ってたり、

 魔物を狩ってたりするとそこから空間に歪みが生じて、

 そこをクゥが出入りするってわけ。」

「じゃあどこか1箇所でじっとしてても、クゥがなかなか現れないのは……」

「そ。空間の隙間ができないから。」

「それでクゥが出てくる場所には、あまり規則性が無いのか……」

「でも、今ならある程度の偏りは出てくると思うわよ?」

「あ!!」

リトの脳裏に、一月前の惨劇が浮かんだ。古城が一つ吹き飛ぶほど、大きな力の

応酬が行われたなら、自然とそのまわりに空間の歪みが出来るはずである。

「気付いたみたいねぇ。ただ、古城跡にはあんまり生き物はいないから、

 廃坑あたりのほうがたくさんいると思うわよ?」

「わかった、ありがと!」

「あ!すぐに動くと……」

リトがカーミラに礼をいい、立ち上がろうとすると、

突然彼の左足に激痛が走った。

「……っ!!」

「あ〜あ、無理するから……とりあえず、一晩ぐらいは泊まってきなよ?」

「……ああ。そうすることにしよう……。」

座ったままで、リトはカーミラのほうへ目をやった。

すると、カウンターの奥に立てかけてある1本の刀が目に付く。

先ほど、地下水道で彼女が使っていたものだ。には赤い宝石がはめられていた。

「そういえば……そこにある刀はどうしたんだ?

 これまで店には並んでなかったみたいだし……」

「ああ、これ?この前ね、ある冒険者が癒油と交換して欲しいって言ってね……

 傷だらけだったからほっとくわけにもいかないし、癒油あげるかわりに

 もらったってわけ。」

「そうだったんだ……。」

「で、せっかくだから使わせてもらってるんだけど……結構切れ味良くて、

 気に入っちゃったんだ。紅月刀っていうらしいよ。」

「意外とちゃっかり者だな、カーミラって。」

「うっさいわね!」

 

コンコン……

 

ちょうどそのとき、店の扉をノックする音がして会話が中断された。

「あれぇ、お客さんかな?どうぞ〜、入りたいならご自由に入っていいよぉ〜。」

カウンターからカーミラはそう叫んだ。

外にいる人間にも聞こえたのか、おもむろにドアが開く。

「失礼、交換所というのはここの……」

そこまで言いかけて、リトと目が合った女性は何故か言葉を止めた。

長く伸ばした黒い髪を上げて、黒い服を着ている18歳ぐらいの女性だ。

左腕に赤いバンダナを巻いており、黒ずくめの外見の中で妙に目立って見えている。

「……あっ、ああ、そう。こ、ここが交換所。交換したい場合は右奥に進んでねぇ。」

カーミラは何故か驚いたような表情をしていたが、

すぐに取り繕っていつもどおりの説明をした。

「……カーミラ?どうしたんだ、いきなりどもるなんて

 らしくないぞ。知り合いか?」

「いや、なんでもないよ。そんな事よりさぁ、

 何でファルちゃんいきなり泣き出したりしたわけ?」

「っ!それは……その……」

一月前の惨劇のことが露見するのを避けるためわざわざ、

ファルが泣いた理由については伏せておいたのである。

「あ〜、もしかして……」

ニマリと笑うカーミラ。どうやら、リトはあらぬ誤解を受けているらしい。

「いや、それだけは違う!絶対に!!」

「あれぇ?私が何考えてるかわかったの?ひょっとして……図星?」

「だから違うって!」

「やっぱり〜!リトがファルを泣かせたんでしょ!!」

「あのな!!俺はファルを泣かせるような真似はしてないし、

 あまつさえあらぬ理由でファルを泣かせるわけ……!」

「う〜ん、昔から女泣かせる男は最低だって言うけど……

 あんたも随分堕ちたねぇ……。」

「聞けっつーの!!」

店の奥で、黒髪の女性は聞き耳を立てていた。

そして誰に言うでもなくこう呟いた。

「リト……?生きていた……いや、帰ってきたのか……。

 全く……運命とは皮肉なものだ。」

 

 

 

結局、洗いざらい白状する羽目になった。

初対面だったティララとディーヴァが大喧嘩したこと。

それに怖がったファルが泣いてしまい、

収集をつけるためにクゥを集めると約束してしまったこと。

あげく、古城が吹き飛ぶほどの大惨事になったこと……。

随分時間がかかったようで、いつの間にか夜になっていった。

「へぇ〜……。あの騒ぎはあんた達がねぇ……。」

「で、巻き添え食らってこっちは危うく死にかけるし、

 命は助かったけど約一月はろくに動けないし……ろくなこと無かったよ。」

「で、今はそのバカな約束のせいで怪我してるしねぇ……まったく、

 災難だったね。」

「でもまぁ、おかげでクゥの居場所は大体つかめたし、不幸中の幸いってとこかな?」

「そーそー、人生何事も考え方が大事だからねぇ。」

ちょうどそのとき、奥から黒髪の女性が出てきた。

「あ、ども。どうだった?何かいいものはあった?」

「いや……とりあえず、また後日来ることにするよ。」

「……あ、待って。もう夜だから、泊まっていったらぁ?」

カーミラの思わぬ発言に驚くリト。

「え……だって、俺も泊めてくれるんだろ!?場所とかは……」

「場所の心配なら必要ないよぉ。むしろ、あまってるくらいだから。」

「……そうだな。お言葉に甘えておくよ。」

すこし考え込んだ後、女性はそう返事した。

「よし、決まり!じゃ、悪いけどリトは今座ってる椅子で寝てくれる?

 奥はベッドが1つ余ってるから、貴方はそっちで。」

「俺は別にかまわないよ。」

「私もだ。」

「それじゃ、今かけるもの持ってくるから、ちょっと待っててぇ。」

妙に弾んだ口調でそういい残すと、カーミラは左奥の自分の部屋へと消えていった。

しばらく黒髪の女性はその場に立ち止まっていたが、おもむろにカーミラの後を追った。

「妙に上機嫌だな……久しぶりのお客さんが嬉しいのかな?」

リトは首をかしげ、独り言を言った。別に、カーミラは普段から明るい女性だが、

今日はいつも以上に機嫌が良かったのである。

「お待たせ〜。じゃ、もう遅いみたいだし、私たちはそろそろ寝るからねぇ。」

「あ、ああ。」

少々リトは引っかかっていた。単に機嫌が良いというか……

何かをごまかしているような感じの態度だ。

そういえば……さっきも何か聞こうとしたが、

実に上手くはぐらかされたような気がする。

「ま、いっか。」

あまり細かいことは気にせずに、明日のためにリトは寝ることにした。

 

 

 

島の夜は、全くの静寂に包まれている。崖の下からは、の音しか聞こえない。

唯1人、黒髪の女性は立ち尽くして夜の海を見ていた。

すぐ後ろには、先ほどまで彼女がいたカーミラの交換所がある。

後ろから草を踏む音が近づいてきた。彼女は特に意に介さず、

振り向きもせずに相変わらず海を眺めている。

「ここに居たんだねぇ。」

「……何の用だ。」

「話には聞いてたけど……随分無愛想なのねぇ、貴方。」

「馴れ馴れしくするな。お前とは初対面のはずだが……」

「あら、話ぐらいは聞いてるわよ?古王……いえ、魔導王リトによって創りだされた――」

その時強くうなる風が走り、カーミラの言葉をかき消した。

「――ってね。」

「……何故わかった?」

「何故も何も貴方、年長者の間では結構な有名人よ?

 全てのものに抗える、唯一の存在……違ったかしら?」

「……年を取らない年長者の間で、か?」

「そうなるわね。」

「有名なのはお互い様だ。ただ、お前は人間にすらよく知られた存在と思うがな。

 かつて世界を滅ぼそうとした、最強の闇なる存在の一つ……そうだろ?」

「あら、さすがねぇ。」

「わかるさ。私の人としての内面が、お前を天敵として恐れているからな。」

「余計な恐怖心ね。魔神の力では、貴方を脅かせないでしょう?」

しばらくの間、闇に沈黙が流れた。女性はやや俯きつつ、目を閉じる。

やがて彼女は、カーミラに1つのことを問いかけた。

「……なぜ私を引き留めた?」

「貴方が何を考えてるか、知りたかったのよ。いいの?彼を放っておいて……」

「知ったことではない。今さらあんな奴を殺しても、後味が悪いだけだ。」

「貴方にとってリトは長年の仇敵のはずなのに……丸腰で怪我した男も斬れないわけ?」

「斬れるさ。無抵抗の子供も殺したことがあるからな。

 私には……もはや奴を殺す理由など無い。必要も無い……それだけだ。」

はるか下で、一際大きい波の音がした。

「そういえば……これ、貴方の剣でしょ?」

しばらくの沈黙の後、カーミラは手に持っていた先ほどの刀を取り出した。

「まぁ、貴方のだって知ってたけどねぇ……これは、貴方が持ってて。」

「……ああ。」

そういって振り返ると、彼女はカーミラから紅月刀を受け取った。

「気の毒……とは言いたいけど、貴方が望んでいるのは

 そんな同情の言葉じゃないわよね。」

「……私は、何を望むべきなのだろうな。

 かつては、自らの望みを叶えることすらままならなかった。」

「そう……。」

それ以上何も言葉を交わさず、カーミラは中へと戻っていった。

黒髪の女性は目を閉じたまま、闇に染まった海に向かって立ち尽くしていた。

 

 

 

「ふああぁぁぁぁ……。朝か……。」

大きく伸びをして、リトは目を覚ました。

「……こんな穏やかな目覚めは久しぶりだな〜。」

しみじみと、フライングだっこぎゅープレス(?)のない朝をありがたく思うリト。

「……て事は、今までは穏やかに目覚められなかったわけぇ?」

奥の部屋から、眠そうにあくびをしながらカーミラが出てきた。

「ちょっと訳あってなぁ……おはよう、カーミラ。」

「何さ、訳って。……あ〜、ひょっとして夜這いでもされてたわけ?」

「だから違うっつの!!あ〜、何でそういう事しか考えられないかな……。」

「まーまー、あんま怒ってばっかだと肌に悪いよ?どっかのオバさんみたく。」

「(本人聞いたら怒るだろうな……良かった、この場に居なくて。)

 ところで、昨日居た女の人は?」

「……あれ、こっち来てない?おかしいなぁ、私の部屋には居なかったけど……」

ちょうどその時、交換所のドアが開き黒髪の女性が現れた。

「あなた……ひょっとしてゆうべ寝てないの?」

「少々眠れなくてな……。」

「ま、それはいいんだけどねぇ……。ところでリト、もう傷はいいわけぇ?」

「ああ……おかげで、だいぶ良くなったよ。」

「そう……じゃ、そろそろ廃坑に行ってみる?」

「そうすることにするよ。何日も泊まってちゃ悪いからな。

 ……というわけでカーミラ、一つお願いが……。」

「ごめんねぇ、私店番あるから!」

「……まだ何も言ってないのに……。」

「想像ぐらい大体つくわよ。1人でがんばってねぇ☆」

ド畜生……リトは、心の中でそう呻いた。

現実は何と残酷なのだろうと、リトが絶望したそのときである。

「……私なら行ってやってもいいぞ。」

(……え?)

特に親しい者でもないのに、親切な女性の態度にリトとカーミラは驚いた。

「私も暇を持て余してる……ちょうどいい時間つぶしだ。」

「その……止めたほうがいいんじゃない?あそこは危ないわよぉ。」

あまり安心できないカーミラは、そういって女性を止めた。

「カーミラまで何でそんなこと……でも、確かにそうだ。

 俺とは何の縁もないんだし、無理して行かなくても……」

「心配ない……自分の身ぐらいは自分で守れる。

 それにこんな小さな島でも、出会えただけで縁があると言えるだろう?」

「あんたがいいなら全然構わないけど……」

「待って、リト。」

カーミラが、彼女に似合わぬ強い口調で遮った。

「先に……外で待っててくれる?この人とちょっと話したいことがあるから。」

「あ、ああ……」

やや戸惑いながら、リトは外へと出て行った。

部屋の中には、カーミラと黒髪の女性だけが取り残される。

「何をしようと貴方の勝手だけど……何か、妙なこと考えてるんじゃないでしょうねぇ。」

「言っただろう?私にもはや奴を殺す理由はない……

 今のあいつが、どのように生きているのか知りたくなっただけだ。」

「それなら構わないけど……」

険しい表情でカーミラが答えた。

「万が一にも、変なことは考えないほうがいいわよ?

 彼の仲間たちが、決して黙っちゃいないでしょうからねぇ。」

「心得ておくさ……心配ない。」

 

 

 

「……まだかな。」

妙な後ろめたさを感じながら、リトは2人を待っていた。

それほど時間は経っていないが、随分待たされたような気がする。

「遅くなってごめんねぇ、色々と長くなっちゃって。」

「あ、カーミラ。どうだ、来てくれそうか?」

「ええ。にしても、随分嬉しそうねぇ……」

「ああ……久しぶりに優しさに触れたもんだから……。」

感涙しながらリトは語った。

「……ま、人それぞれだから何も言わないけどね。」

「にしても、こんなに何を話してたんだ?」

「色々アドバイスとか、さ。ほら、初めてだから色々と教えてあげなきゃいけないでしょ?」

「あ、なるほど。」

確かにアドバイスには変わりはないため、一応彼女は嘘を言っていない。

程なくして、中から黒髪の女性が出てきた。

「待たせたな。そちらの用意はいいか?」

「あ、ああ……それじゃ、よろしく。」

リトが握手をしようと差し出した手を見て、彼女は一瞬ためらった。

「……どうか、したか?」

「いや、なんでもない。よろしく頼む。」

ややぎこちない様子で、彼女はリトと握手を交わした。

「よっし、行くか。」

両腕をやや大きく振り、リトは廃坑に向かって歩き出した。

黒髪の女性は、その様子をしばらく立ち止まって眺めていた。

「……いってらっしゃい。気をつけてね。」

複雑な表情で、後ろからカーミラは黒髪の女性に声をかけた。

「……ああ、心配は要らんさ。」

すこしづつ離れていくリトのほうを向いたまま、女性は呟くように答えた。

やがて静かに歩き出し、リトを追う。

「リトも気をつけてねぇ〜!この前の騒ぎで、あそこも

 あんまり落ち着いてないみたいだからさぁ〜〜!!」

「わかったー!また何か用があったら来るからな〜〜!!」

小さくなっていくリトの返事を聞き、カーミラはわずかに微笑んだ。

「う〜ん……敵同士だった人間が、一緒に歩いてるの

 見ると何か複雑だねぇ……。」

後ろ頭を掻きながら、カーミラは呟いた。

「この情景を見たら、アイツが何て言うか……。」

 

 

 

晴れ渡った気持ちのいい朝。やや前方に、目的地の廃坑が

小さく口を開けているのが見える。

その様子を眺めながら、リトは後ろの女性に問いかけた。

「そういえば、あんたは……」

「まだ名乗ってなかったな……セレアだ。呼び捨てでいい。」

「あ、ああ……セレアは、どうして俺について来ようと思ったんだ?」

「……見たところ、お前は冒険者だろう?

 このところ、体がなまっていてな……お前についていけば、いい肩慣らしに

 なると思ってな。」

「そうか……じゃ、セレアも冒険者なのか?」

「まぁ、そんなところだ。」

帰ってきたのは、そっけない曖昧な返事。その後、再び沈黙が訪れる。

(……何か、気まずいな……この人も、ディーヴァと同類か?)

「……そういうお前は」

先に沈黙を破ったのはセレアだった。

「何のために廃坑に行くんだ?」

「ああ……それは、ちょっと仲間の女の子に……

 (一応積極的な会話は出来るのか。良かった……)」

リトは少々安心した。なんとなく、出会って間もない頃の

ディーヴァとは楽に接する事が出来そうな気がした。

「あの毛玉を、か……それは難儀な約束を押し付けられたな。」

「ま、まぁ……しかも、誰も手伝ってくれないしさぁ……

 セレアがついてくれて、本当に助かったよ。」

「礼には及ばんさ。こちらも暇だったところだ。」

次第に、廃坑の入り口が近づいてくる。そのとき、ふとリトの脳裏を何かがかすめた。

「そういえば……俺、どこかでセレアに会ったような気がするんだけど……」

「……!」

一瞬、リトと同様の表情を見せるセレア。

「ぱっと見た感じはカーミラと似てるんだけど、髪形とか顔つきとか全然違うし……

 それに、何かどっかで似たような性格の奴と会ったような気が……」

「……気のせいではないのか?」

「確かにセレアは仲間の1人に性格が似てるけど……もっと前から知ってたような……」

ちょうどそのとき、廃坑の入り口に辿り着いた。

不気味にたたずむ大きく黒い口は、これまでにいくつかの命を飲み込んできた。

「いつ来てもあんまり気味の良いもんじゃないな……」

入り口の前に立ち止まり、リトは呟いた。

「確かに、な。……行くか。」

「あ、ああ。」

そういって、2人は暗闇の中へおもむろに歩いていった。

 

 

 

「でぇい!」

「……はっ!」

2つの掛け声と空を切るような音。

やがて、何かが倒れる鈍い音がした。

「くそっ……いつもより数が増えてるな。」

困惑した表情で、リトは剣を鞘に収めた。

「いつもの様子は知らんが……心なしか、魔物たちの気が立っているようにも思えるな。」

手にしている紅月刀の血を払いつつ、セレアが言う。

「あれ?その刀は、カーミラのじゃ……」

「ああ、これか?あの女性が餞別に、とな。」

「そっか……あいつも、物に執着しない性格だな。」

そう呟き、リトはあたりを見回した。

「う〜ん、ここにもいないか……この分だと、廃坑もあんまりあてにならんかな……」

ため息をつき、肩を落とすリト。ここならばあるいは、と思ったのだが

早くも落ち込んでしまった。

「もう少し奥を探してからでも遅くはあるまい。べつに、急ぐ用事もないのだろう?」

「ん〜……確かにそうだけど、みんな心配してるんじゃないかな、って思ってさ……」

リトの返事に、セレアはしばらく黙り込んだ。

(今では……帰る場所もあるのか。)

「……セレア?」

「仲間達には、心配をかけるなよ。」

「?」

「いや……気にするな、独り言だ。」

そういうと、セレアはやや早足で奥へと進んでいった。

「変な奴だな……。」

特に気にもせず、リトはセレアの後を追いかける。

……そしてその後ろでは、息を殺して獲物を睨む

魔物たちがいることに、2人は気付かなかった。

 

 

 

ちょうどその頃、村でも同じくのどかな朝を迎えていた。

道具屋の2階のリビングでは、ファルが椅子に腰掛けている。

「今日は珍しく早起きだな、ファル。」

そこへ、外で軽く朝の運動を済ませてきたディーヴァが入ってきた。

「みぃ〜、リトが居ないとつまんないのー。

 早く帰って来ないかなぁ〜……」

「元はお前が無理を言うからだろう?大丈夫だ、そのうち帰ってくるさ。」

「みぎゅ。」

そういって、ディーヴァはファルの頭を軽く叩いた。

この一月で、彼女はだいぶ仲間たちと心を許して会話できるようになっていた。

彼女にとっては、大きな進歩である。

「静かなのには変わりないけど、ね。」

ため息をしながらティララが入ってきた。

「随分とお前も、冷たいことを言うな。」

「……ほっといてよ。」

ややふてくされた感じで彼女は呟いた。

「みぃ?何だかんだ言ってもティララはリトが心配なの〜?」

「ばっ、馬鹿言わないでよ!誰があんな男……」

「意地を張るのは良くないぞ……第一、今は張る相手もいないだろう。」

的を得たディーヴァの言葉に、ティララはやや下を向いて答えた。

「まぁ……何か物足りない感じがするのは確かだけどね。」

 

 

 

「探す手間省けたのはいいけど、もっと休ませて欲しかったなー!」

キュー!キュゥー!!

「文句を言うな……ぼやぼやしてると逃げられるぞ!」

右手にクゥを握ったまま全力疾走するリト。

その視線の先には、もう1匹のクゥがいた。

苦しそうに鳴き声をあげても、かまっている暇などない。

「くそっ、このままじゃ逃げられる!!」

(かくなる上は……)

突然、セレアが腰に差した紅月刀を抜いた。

「セレア!?何やって……」

「せいっ!」

リトがセレアに話しかけた次の瞬間、紅月刀は鋭い矢となり

鋭く空を切る音と共に、天井へと突き刺さった。

とたんに岩は崩れ落ち、真下にいたクゥの上へと降り注いだ。

にわかに出来た岩の山から、クゥの尻尾がぴょんとはみ出ている。

「なんて無茶な……。」

「これしきの事で死ぬような生き物ではない。早く掘り起こしてやれ。」

右手のクゥをセレアに預け、ため息をつきながら岩山に歩み寄るリト。

尻尾をしっかりと捕まえた上で、そっと岩をどかしていく。

「一応生きてるみたいだけど……」

気絶しているのか、ぐったりしたまま動かない。

「そのうちすぐに目を覚ますだろう。早いところその袋に入れておかないと、

 逃げられて1からやり直しだぞ?」

「わかってるって。」

セレアからクゥを受け取り、リトは2匹のクゥを袋の中に突っ込んだ。

「これで、普通のクゥ3匹っと……」

逃げられないようにしっかりと口を締めると、

何故かリトはしばらくその袋を見つめていた。

「……どうした?」

「一時はどうなるかと思ったけど、本当に良かったなぁ〜……

 まさかあれだけ短時間に2匹も出てくるなんて……」

そう、どうなるかと心配になってからほんの少し移動してみると

いきなり頭上からリトの目の前にクゥが落ちてきたのだ。

数分の逃走劇の末そのクゥを捕まえた直後、やや離れたところに2匹目のクゥが現れ、

セレアの少々強引とも言える行動のおかげでまんまと御用になったのである。

「残りが、一番の問題だな……」

呟くようにいいながら、セレアは紅月刀を引き抜いた。

「それなんだよな〜。実を言うと、俺も前に1回見たきりで……。」

「……つくづく、馬鹿な約束をしたな。」

「ほっといてくれよ……さて、もう少し奥へ……」

リトがそこまで言いかけたとたん、あたりに鈍い音が響き渡った。

4匹の獣人……オーガの群れが上から飛び降りてきて、リトたちを取り囲んだのである。

「勘弁してくれよ……」

「これも定めか……気を落としている暇があるなら、逃げるぞ!」

「わかってるよ!」

そう叫び、リトは1匹のオーガに突進した。

素早く繰り出された斬撃を、その鋭い爪で受け止めるオーガ。

「……なろっ!」

リトが距離を取ろうとしたとたん、

突然オーガの腹部が貫かれ、リトの顔に血が飛び散った。

「先に行け!私は後から追いかける!」

リトの背後に立っていたセレアが叫んだ。

「でも、セレアは……!」

「お前には帰りを待つ人がいる……そうだろう!?」

「……!」

「お前はこんなところで死ねる人間じゃない……行け!!」

「わかった……お前も、絶対に死ぬなよ……!」

そう言い残し、リトはさらに洞窟の奥へと消えていった。

 

リトを見届けると、セレアはオーガたちの方に向き直り、睨みつける。

特に動じる様子もなく、オーガたちは低くうなり続けている。

「獣などに私は倒せん……試してみるか……!?」

セレアは一番間合いの近いオーガに突進した。

オーガは爪を振り下ろし、セレアを切り裂こうとする。

が、確かにセレアに振り下ろされた爪は、彼女を捉えていなかった。

「遅いな。」

刹那、すこし離れたところにオーガの腕が落ちた。

迷わずオーガの心臓に鋭い突きを放ち、引導を渡すセレア。

事切れた体が地面を打ち、あたりに鈍い音が響き渡る。

それでも、何も感じずにゆっくりとオーガたちはセレアに歩み寄ってきた。

「哀れな……死を恐れることすら出来ないとは……」

誰に言うでもなく、セレアは呟いた。

「せめて、安らかに眠らせてやろう。その方が私も楽だ。」

思い切り地面を蹴り、セレアは黒い疾風となって跳躍する。

セレアの腕から紅い剣閃が走り、闇を裂く。

寸分の狂いもなく放たれた斬撃は、オーガの首を跳ね飛ばした。

着地したセレアの背後で、オーガの巨体が鈍い音と土煙を立てて倒れる。

闇と一体となったセレアの漆黒の瞳が、最後のオーガを睨みつける。

その殺気に、オーガに中に狩られる獣の恐怖心が芽生えた。

死にたくなければ殺す。あらかじめ本能の中に刻まれている衝動が、

オーガを衝き動かした。

大きく咆哮を上げ、セレアに駆け寄るオーガ。

真横に爪をなぎ払い、セレアを引き裂こうとする。

セレアはそれを受け止めるが、あまりの力に紅月刀が弾き飛ばされる。

「何!?」

予期せぬことに驚き、セレアの思考は一瞬の遅れを取った。

直後、オーガの爪はセレアの首を貫いていた。

「が……は……」

セレアは赤い血を吐き、その瞳は輝きを失った。

力なく腕が垂れ、その視線が虚空を泳ぐ。

生き残った。オーガの本能がそれを悟ったときだった。

「ふ……ふふふ……ふはははははは……!!」

あたりに不気味な、そしてどこか哀しげな笑い声が響き渡り、

「かつて、幾度も望んだ私自身の死を……」

セレアの右手が、自らの首を貫いているオーガの腕を握った。

「それでも、決して得られなかった安らぎを……」

セレアの虚ろな瞳がオーガを睨み返す。

「貴様ごときがもたらせるとでも思ったか?」

次の瞬間、オーガは真紅の炎に包まれ、なすすべもなくその場に倒れこんだ。

「そう……これは、私に課せられた宿命なんだ。」

自らの血に染められた腕を眺め、力なくセレアは呟いた。

 

 

 

「……!」

リビングでイリスと紅茶を飲んでいたティララの表情が、急に険しくなった。

「ふえ?どうかしましたか?」

「……」

「あの……お顔が怖いですけど……具合でも悪くなったんですか?」

(微かだけど、この感じは……)

「ティララさん!?」

「あっ、ごめんなさい。なんでもないわ。」

「なら、いいんですけど……」

しかし、それでもティララは険しい表情のまま窓から外を眺めていた。

「……ねぇ、イリスはよく西側に行くんでしょ?」

「ええ。薬草を取りに……それが何か?」

「変わった人に会ったりとかはしてない?」

「変わった人って言われても……」

「どこが変わってるとか、はっきりしてなくてもいいわ。

 初めて見た人とか、何か違和感を感じたとか……」

「……そういわれてみれば、1人だけ。」

そのとたん、突然ティララは椅子から立ち上がった。

「どんな人!?どういう格好だった!?」

「え……えと、確か黒い服で左腕に赤いバンダナを巻いてて……

 黒くて長い髪の女の人でした。」

「ねぇ、いつ会ったの!?」

「こ、怖いです。落ち着いてくださいよ……どうしたんですか?」

「ご、ごめんなさい……それで、どういう感じがした?」

「えっと……会ったのは一月半ほど前で、なんていうか、その……

 人とは違うような感じはしたんですが……普通の人だったと思います。」

「セレア……間違いない!」

とても小さく、しかしこれ以上ないというぐらいはっきりと、ティララは呟いた。

「え?何が……」

「イリス。私の槍はどこ?」

きっ、とティララは部屋の外に向き直った。

「下のカウンターにしまってありますけど……あの、一体何が……」

「ありがと、明日ぐらいには戻るわ。心配しないで。」

そういうと、早足でティララは居間を後にした。

「ティ、ティララさん!?」

(早くしないと、リトが……!)

駆け足で彼女は階段を下った。

カウンターから愛用の槍を取り出し、急いで外に出ようとしたその時である。

「どこに行く気だ?」

階段の上から、ディーヴァが降りてきた。

「ふいぃ〜……ティララ〜。」

少し遅れて、心配そうな表情をしたファルが後ろから顔を出す。

「おおかた、あいつのことが心配になったんだろう?」

「リトが心配なのは、私たちも同じなの……だから、ファルたちも行くの〜!!」

「みんな……ありがとう。でも、みんなはここに居て。」

険しい表情のまま、ティララは2人に告げた。

「みぃ、どうしてなの……私たち、仲間なんだよ……」

「貴方たちはここに居て。私1人で行くわ。」

「……ッ!!」

耐えかねたディーヴァが、駆け足で階段を降りティララの襟元に掴みかかる。

「見損なったぞ。お前は……私たちのことを仲間とも思えぬのか!?」

僅かに目をそらし、ティララが答えた。

「辛いのはわかってる……だけど、仲間だと思ってるからこそ

 みんなには来て欲しくないのよ!!」

「どういう……事だ?」

「詳しくは教えられない……だけど、貴方たちを危険な目に遭わせるわけには……!!」

「それは私たちも同じだ!!」

「……!」

「どういう状況であろうと、お前1人に任せるような真似はしない!

 少なくともリトが危険だというのなら、

 私たちも黙って待っているわけには行かない……そうだろう、ファル!」

「みぃっ、当然なの!」

「……泣いても助けてあげないわよ。」

「馬鹿なことを言うな。」

そういうとディーヴァはティララを放し、自らの武器を手に取った。

「皆さん……必ず帰ってきて下さいね。」

階段の上から、一部始終を見守っていたイリスが心配そうに話しかけた。

「大丈夫よ。もし、私たちが無事に帰ってきたら……みんなでお祝いにしましょう?」

ティララの言葉に一瞬戸惑ったイリスだったが、

すぐにドアの前に並んでいる3人に微笑みかけて答えた。

「任せてください!ちゃんと、用意して待ってます!」

 

 

 

「せやっ!」

リトの鋭い突きが、ワームの脳天に突き下ろされる。

うめき声を上げ、そのワームは力尽きた。

「ふぅ……この辺はこれぐらいか。」

あたりを見回し、魔物の気配がないことをリトは確認した。

「セレア……本当に大丈夫かな。」

来た道の方には、人の気配はない。

もしかしたら、駄目だったのかも知れない。もしあの時、俺が彼女と戦っていたら……

リトの中に、後悔の念が浮かんだ。

(お前はこんなところで死ねる人間じゃない……!)

セレアの声がリトの脳裏をかすめた。

「……。」

そのときである。リトの足元を、素早く白い塊が駆けていった。

「……まさか!!」

そう、この3日間探し続けた、今のリトにとって最大の仇とも言える存在。

「見つけた!」

リトが振り向いた先には、軽やかに飛び跳ねる白いクゥがいた。

「うおおおおおおおぉぉ!」

これまでの後悔など、もはや彼の心からは完全に吹き飛んでいた。

これを捕まえなければ帰れない。

ここで取り逃がしたら、絶対に帰る事など許されない。

何故かリトは、そんな切迫した衝動に駆られていた。

全力で走り、白いクゥを追いかける。次第に脚の傷に痛みが走るようになってきた。

(これぐらいで……!)

痛みに屈せず、全力で走るリト。すると、白クゥはいつの間にか袋小路に迷い込んでいた。

「覚悟ぉぉ!」

追い詰めた、と思ったそのときである。何と白クゥがリトに向かって飛び跳ねてきたのだ。

(くっ!?)

大きく跳躍し、リトの頭上を跳び越そうとする白クゥ。

このとき、リトの中に秘められた全ての力が覚醒した。

「でやあああぁぁっ!!」

大きく飛び跳ねたリトの体が、白クゥの行く手を阻んだ。

そして、大きく伸ばしたリトの右手が……ついにクゥの尻尾を掴んだのである。

「ぐほっ!」

キュ!」

あたりに鈍い音が響いた。

受身が取れず、リトの体が地面に叩きつけられたのである。

「てて……」

痛みに耐えつつ、リトはクゥを袋の中にしまいこんだ。

「やった……ついにやった……。」

達成感に浸るリトの声は、心なしか震えていた。

「これで……村に帰れる……」

これまで過ごしてきた、孤独な時間もついに終るのだ。

リトがそんな喜びを感じていた、そのときである。

リトの背後から、低く獣がうなる声が聞こえた。

「ま、まさか……」

リトの予想は的中していた。彼の背後には、殺気をみなぎらせるジャバウォックがいた。

「くそっ、何だってこんなときに……!」

袋小路に入り込んでしまったため、逃げることは出来ない。

応戦しようにも、脚の傷が痛んで上手く戦えそうにない。

「畜生……こんな所で……!」

リトの脳裏に、これまでの出来事が浮かんだ。

島の人々の優しさ。仲間たちとの出会い。

帰りを待っているであろう、ファルの笑顔。

そして……

(お前はこんな所で死ねる人間じゃない……)

「そうだ……そうだよな。」

帰りを待つ者の存在、そしてセレアの言葉が、

再びリトの生きようとする思いに火をつけた。

「はああああぁぁ!」

少しの迷いもなく、リトはジャバウォックへ突進した。

左足の痛みも、もはや彼は感じていなかった。

強く地面を蹴り、高く跳び上がる。

そして、右足で思いきりジャバウォックの顔面に蹴りを食らわせた。

僅かに相手がひるんだ一瞬を狙い、リトは敵の胸筋の間……

すなわち、心臓へ両手で剣を打ち込んだ。

手に伝わる、肉を貫いていく感触。やがてジャバウォックは脱力し、

鈍い音と土煙と共に仰向けに倒れた。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

肩で息をしつつ、今の状況を確認するリト。

とりあえず、自らが生き残ったということは確認できた。

「セレア……お前の死は無駄にしない。きっとここから生きて帰る。

 ……いや、お前もきっと生きてる。そうだよな……」

そう呟いて、リトは袋小路から出て行った。

 

 

 

(くそっ、何だってこんなに数が多いんだ!)

ゲートへの道を走りつつ、リトは心の中で呟いた。

次第に脚の痛みも強くなってきている。

出会った敵をかわしつつ、道をふさぐものを切り捨てても、

後から後から敵はわいてきた。

しかし、確実にゲートへの道は近くなってきていた。

リトもその事にはうすうす気がついていた。

(よし!ここを曲がれば……)

ついにゲートの手前の曲がり角に差し掛かった。

痛みを訴える脚に鞭を打ちつつ、リトは走った。

しかし、その先には残酷な現実が待ち構えていたのだ。

「あった!」

急いでゲートに駆け寄り、リトはゲートを起動させようとした。しかし……

「……ない!?」

そう、そこにあってしかるべきもの……

ゲートを起動させる鍵である、クリスタルがはめ込まれていなかったのである。

「……っ畜生!!」

おそらく、盗難だろう。ゲートクリスタルは大変貴重なため、高価で売ることが出来る。

それゆえ、クリスタルの盗難はよくあることだったらしいが、

リトは今までそういう事態に直面したことがなかった。

「どうして……よりによってこんな時に……」

地面に手をつき、リトは悔しさに震えていた。

「俺は……こんな所で……」

いつの間にか、背後には魔物の気配が近づいていた。

「ごめん、みんな……俺は、もう……」

リトが全ての希望を失ってしまった時だ。

リトの逃げ道を塞いでいたオーガの目の前に、黒い影が一瞬現れた。

赤い光が真一文字にオーガの胴体を裂くと、影はリトのほうへ一気に近づいた。

「!?」

訳がわからず、うろたえている間にオーガの胴体が地面に落ちる。

土煙を上げつつリトの横で停止した影から、リトに声が掛けられる。

「ここだったか……よく無事だったな、リト。」

「セレア!」

顔についた返り血を拭いつつ、セレアは魔物たちに剣を構えた。

「生きてたのか……ありがとう、助かったよ。」

「言っただろう?やすやすとやられるつもりはないと。」

「でも、怪我は……」

リトはセレアの首筋に残る血の痕を見て、心配そうに問いかけた。

「気にするな、私の血ではない。にしても、数が多いな……

 ゲートは使えないのか?」

「それが……クリスタルが盗まれてて……」

「奥にある扉はどうだ?」

セレアはゲートの向こうにある黄色い扉を見た。

「無理だ!あれは抜け道に行く方で、ゲートまで距離があり過ぎるし

 障害も多い……古城に出るにも、すでに崩れて通れるわけがない!!」

「あきらめるな。まだ何か手があるはずだ……。」

「でも、ゲートも使えないんじゃ……!」

リトがそういったとき、セレアは坑道の壁に埋まっている魔法石に気がついた。

「……リト、ゲートクリスタルは何で出来ている?」

「……?高純度の魔法石って聞いたことが……」

「……よし!」

セレアは壁に駆け寄り、魔法石を壁から引き抜いた。

「セレア!?そんなので動くわけが……」

「黙って殺されるよりはましだ!!」

剣を鞘に収め、セレアは両手で魔法石をゲートのくぼみに押し付けた。

(動け!!)

その途端、ゲートに光が走り、その向こうに空間が開けた。

「動いた!?」

「ぼやぼやするな!閉まるぞ!!」

予期せぬことに驚いているリトの襟首を掴み、

「うわっ!」

セレアはリトをゲート空間へとぶん投げた。

セレアも急いでその中へと飛び込み、2人の存在はその場から消えた。

慣れない光に魔物たちがひるんでいる隙に次第に次元の穴は縮んでいき、

魔物たちが再び獲物を追おうとしたときには、ゲートはすでに閉じていた。

 

 

 

「……助かった、な。」

その場に座り込み、呆然としているリトにセレアは話しかけた。

彼らの背後は全くの闇に包まれているが、お互いの顔をはっきりと見ることが

出来るくらい明るい。時折行き来している大きな光が、2人を照らしているのである。

「セレア、さっきは一体何を……」

「ゲートに魔法石を押し付けただけだ。それで偶然ゲートが開いた……

 不思議なことだが、奇跡が起きたと考えれば悪くはないだろう。」

「……そうだな。まずどこへ行く?」

「その怪我のまま帰るのは良くない。交換所で癒油をもらっていったらどうだ?」

再び血が流れ始めているリトの脚を見て、セレアは言った。

「またカーミラと顔を合わせるのか……疲れそうだな〜。」

「礼の1つは言ったほうがいい。その毛玉達が集まったのは、

 彼女のおかげでもあるだろう?」

「そうだな……ちょっと、肩を貸してくれるか?」

「ああ。」

セレアに肩を貸してもらい、痛みに耐えつつリトは立ち上がって

交換所への出口を目指した。

 

 

 

「そろそろ帰ってくるかしらねぇ……」

ぼんやりと店番をしつつ、カーミラはリトたちの帰りを待っていた。

(強い力を感じたけど……やっぱりあの子、リトのことを……)

その時、交換所のゲートが光を発した。

「お、来た来た。」

ゲートの向こうから現れたのは、

脚から血を流しているリトと、彼に肩を貸しているセレア。

それを見てカーミラはただ一言、

「あんたら……いつの間にそんなに仲良くなったの?」

「……。」

「……。」

2人は呆れて言葉を失ってしまった。

「……そんなことよりさ。」

「何かしら?」

「薬、随分と痛かった割にはあんまり効いてなかったみたいなんだけど。」

「当然よぉ。だってあれ、薬草すりつぶしただけだから。」

真顔で帰ってきたカーミラの返事に、リトは言葉を……

いや、意識を失いそうになった。気絶する寸前のところで気を取り直し、

「俺を殺す気か!!」

心の底からの叫び声を思い切りカーミラにぶつけた。

「殺す気だったら薬すらつけないわよぉ?」

「あのなぁ、どうせたくさんあるんなら癒油とか、せめて傷薬ぐらいは……!」

「やぁねぇ。商売道具ただであげるわけ無いじゃない♪」

「……今も?」

「当然。」

固まりついたまま、リトは動かなくなってしまった。

見かねたセレアが懐に手を入れ、

「酷い奴もいたものだな……」

と言って、カウンターに魔法石の欠片を放り投げる。

高い金属音のような音を立てて、いくつかの欠片がその場に散らばった。

「ちょっと多いけど?」

「気持ちだ。受け取っておけ。」

「はいは〜い、今持ってきま〜す☆」

パタパタと足音を立てて、カーミラは商品のある奥へと消えていった。

「……僕と結婚してください……」

「……お前といると疲れそうだから断る。おとなしくそこに座っていろ。」

少々冷たい言葉を投げかけ、リトは先日から設置されている長めの椅子を指差した。

「てて……冷たいなぁ。」

「いつもお前はそんな事を言っているのか?」

「……前に1回だけ。」

何とか椅子に掛けなおし、リトは窓から外を見た。

赤く光る夕日が、今彼方の海へ沈もうとしているところだった。

セレアもリトに倣い、彼の隣に腰掛けた。

「長い一日だったな……」

「ああ……」

セレアの言葉に、リトはしみじみと答えた。

ついに終った。これで、後は傷の手当てをして村に帰れば、

きっとみんなは優しく迎えてくれる。ファルにもクゥを渡して……

それでやっといつも通りに暮らせる……。

そんな思いに浸っている時だった。

突然ゲートが光り、そこに空間が開ける。

「……?新しいお客さんかな。」

「……。」

リトが様子を眺めていると、突然、

「カーミラ!!!」

店の中に聞き覚えのある怒鳴り声が響いた。

驚きのあまり、リトは大きくのけぞって倒れ込む。

「どこにいるの!?ちょっと話が……」

ゲートの向こうから現れたティララは、リトと目が合った。

突然の大声に驚き、セレアの方に倒れこんでしまった

……ちょうど押し倒しているように見える……他ならぬリト自身に。

「他の客がいたらどうす……」

「ふぃ〜、ティララこわ……」

後から出てきた、ディーヴァとファルも例外なくリトと目が合ってしまう。

そして、10秒ほど実に気まずい沈黙があたりを支配した。

「もう、騒がしいなぁ〜。一体何が……」

奥から癒油を持って現れたカーミラが、その場の殺気に言葉を奪われた。

「ファルたち心配してたのに……リトのフケツ〜〜!!!」

ファルが思い切り、リトを責める言葉を放った。

「でぇぇっ!?何でそうなる!!」

急いで立ち上がり、ファルに詰め寄るリト。

「心底見下げ果てた畜生だ。ただでは済むまいな……」

いかにもディーヴァらしい、静かな口調で彼女はリトを威圧した。

「何でお前までそんな事……!」

悲鳴を上げるようにリトは弁明しようとしたが、最後の追い討ちが彼を完全に打ち砕いた。

「……一体何を」

静かに3歩だけ、ティララはリトに歩み寄る。

「しているのかしら……?」

「ち、違う!本当にこれはただの……!」

「……いまさら言い訳なんて」

全てのものを凍りつかせるように喋りつつ、

ティララは髪留めを外し、髪を下ろした。

「本当に見苦しいわね……」

「今度は痴話喧嘩ねぇ……」

「ふいぃ〜、ブーストなの〜?」

「だろうな……逃げるぞ。ここに居たら私たちまで死んでしまう。」

『りょうか〜い☆』

傍らで行われているあまりに冷酷なやり取りなど、すでにリトの耳には届いていない。

目の前の殺気に必死で耐えているうちに、

小さな交換所の中にはリトとティララ、

そして先ほどから傍観しているセレアの3人だけになってしまった。

「命までは取らないわ。けど……」

そのままの状態で、静かにティララはリトににじり寄る。

彼女が放り投げた髪留めが床を打ち、

不気味なくらい静かな店の中に低い音が響いた。

「数ヶ月の絶対安静は

 覚悟しなさい……」

リトは心の中で、何故この世には命があり、死が必要なのだろうと

いまさら考えても仕方の無いことを必死で考えていた。

 

 

 

「……おっかしいな〜。」

「何も起きない?」

「みぃ?てっきりどか〜ん!ってなってリトが吹っ飛んでくるのかと思ってたの〜。」

交換所の外の林に隠れつつ、ファル、ディーヴァ、カーミラは店の様子を伺っていた。

「……みぃ、誰か様子見てきてよ〜」

「私は絶対にごめんだわよ?丸腰だし。ディーヴァが行きなさい。」

「……しくじったな……武器を置いてきた。

 丸腰なのは私も同じだ。素手で戦えぬわけではないが……」

「もし中でティララが暴れてたら、リトはほっといて横にいた女の人を助けてくるの〜。」

「……いいのか?」

「みぃ、リトのは自業自得なの〜。」

「……。」

以外に残酷な判断を下したファルに、2人は言葉を失った。

「……仕方ない。私が5分して出てこなかったら、お前たちは逃げていい。」

「店潰すのはやめてよぉ?」

「努力する。」

そういい残し、ディーヴァは1歩1歩交換所へ近づいていった。

(やけに静かだな……。)

ドアの手前まで来てディーヴァは、

中で人が暴れているような気配さえないことに気付いた。

ゆっくりとドアノブに手をかけ、意を決してドアを開けると……

想像すらできない光景が彼女の目に飛び込んでいた。

 

「先ほどのは、お前が大きな声を出したからだろう……?行き過ぎた真似をするな。」

「貴方……どうしてこんな所に……!?」

左側の壁では、リトが座り込んで呆然としている。

部屋の真ん中では、ティララが突き出した拳を黒髪の女性が押さえていた。

「セレア……一体何が目的なの!?」

「このところは初対面の人間に馴れ馴れしくされることが増えたな……

 そちらのことなど知らん。何故私の名を知っている?」

「……っ!」

しばらくの間、ティララは険しい表情でセレアを睨んでいた。

しばらく驚きのあまり固まっていたディーヴァだったが、

中に入っていきセレアに話しかけた。

「……連れが2人して迷惑をかけたな。」

「気にするな。謝る必要など無い。」

「……全く、ティララもこれぐらいで腹を立てるな。」

「何言ってるのよ。貴方だって一緒になってリトを責めていたじゃない。」

「力に訴えるのは良くないと言っている。

 ただ、てっきりブーストを使うかと思っていたがな……少しは自制できるじゃないか。」

「馬鹿言わないでよ、当たり前でしょ?あれはただのパフォーマンスよ。」

「そ、そんな事言って……絶対途中まで本気だっただろ!!」

壁にへたり込んでいるリトが、痛々しく叫んだ。

「まあね〜☆」

「『まあね〜☆』じゃない!!」

「そう怒るな、リト。無事で何よりではないか。」

リトをなだめるように、ディーヴァが手を差し出した。

「……本当にそう思ってくれている人間は、俺を置いて逃げ出したりしません。」

「フッ、形だけの言葉など、すぐに見抜かれてしまうものだな……。」

「ヌガアアァァァァァァァ!!」

「傷口開くぞ。」

「うう……。」

ガックリとうなだれながら、リトはディーヴァの手につかまり、立ち上がった。

「そういえば、そちらの女性と知り合いか?」

「……ああ、何度も危ないところを助けられた。」

ディーヴァの質問に、リトは一瞬答えを迷った。

彼女は、自分にとってそれだけの関係ではないような気がしたのだ。

「……ところで、後2人の薄情者はどこに行ったの?」

「よく言うな……今呼んで来るから、少々待っていろ。」

ティララの問いにそう答え、ディーヴァは外に出て行った。

「……リト、ちょっとこっち来なさい。」

「っ!」

「馬鹿ね……何おびえてるのよ。足、怪我してるじゃない。」

「あ、ああ……ありがとう。」

そういって歩み寄って来たリトを見て、ティララはやや呆れた表情で微笑み、

「全く……現金なんだから。」

リトの傷口を片手で押さえつつ穏やかな口調で言った。

「嬉しそうに言うなよ……。」

あたりにまばゆい光が溢れ、瞬く間にリトの左足の傷が消えていった。

その様子を見て、何故かセレアはうつむいて、バンダナを巻いた左腕を握り締める。

ちょうどそこへ、逃げていた残りの2人が入ってきた。

「ふい?リト無事だったの〜?」

「う〜ん、ついに年貢の納め時かと思ったのに……アンタも悪運強いねぇ。」

「……もう何も言えません。」

顔を手で押さえつつ、力なくリトは言った。

「癒油必要無くなっちゃったわね……いる?」

リトの足を見て、カーミラはセレアに癒油を差し出した。

「……一応貰っておこう。」

すこし考えた後、セレアはカーミラから癒油を受け取った。

「あ、そうだ。ファル!」

「みぃ?」

「これ、約束の。ちゃんと大切にしてくれよ?」

そう。ここ数日間で、一番大切だったことである。

リトに呼ばれて振り返るなり、ファルはリトが抱えている袋に飛びついた。

ガサゴソと音を立てて動いている感触を確かめ、ファルは満面の笑みを浮かべた。

「みぃ……リト、ちゃんと捕まえてきてくれたの〜!」

「ははは……だって、約束しちゃったもんな。」

「ありがとう〜!みぃっ、リトだ〜い好き!!」

「ふぅ……ファルにはかなわないな〜。」

その様子を見て、ティララの表情が急に変わった。

「……怒るんじゃないわよぉ?彼だって頑張ったんだから。」

「馬鹿なこと言わないで。」

「さ、帰るぞ。イリスが待ってるんだろ?」

「ああ……祝いの準備をして、な。」

「へ?」

「みぃっ、ティララがね〜、リトが帰ってきたら、お祝いにしようって

 言ってくれたの〜。」

「お前のことを真っ先に心配して、迎えに行こうとしたのも確かティララだったな。」

「みぃ、その通りなの〜。」

「本当か……?」

リトはティララと顔を合わせようとする。

が、その途端ティララは顔を赤らめて目をそらした。

「……ありがと、な。」

「か、からかってるの?」

「おいおい。ともあれ、これで全部解決だ!さぁ、パーティにするぞ〜!」

「リトぉ、浮かれちゃだめだよ〜。」

「全く……軽い男だな。」

「そんな酷いこと言わないで、素直に喜んでくれよ……。」

「ん?一応喜んでいるつもりだが。」

「……ディーヴァ、つくづくお前ってクールなのな。」

「今に始まったことじゃないの〜。ディーヴァはそれで出遅れるタイプなの〜。」

「や、やかましい!!」

 

「……。」

和やかなその場の空気を、セレアは壁に寄りかかり傍観していた。

「……かつての暴君も、随分丸くなったわねぇ。」

「……奴は、奴なりの幸せを掴んだ。そういうことだろう?」

「羨ましいかしら?」

「黙れ。」

横から話しかけてきたカーミラを、セレアは厳しい口調で威圧した。

「次軽口を叩いたら……」

そこまで言いかけて、セレアは紅月刀に手を掛けた。

これまでの彼女とは明らかに違った、生ある全てのものを凍りつかせるような表情で。

しばらくの沈黙の後、カーミラは両手を挙げて答えた。

「物騒な真似はよしてくれる?いい年して、冗談ぐらい流せないものかしらねぇ。」

「冗談など嫌いだ。」

そう言ってため息をつき、セレアはその手を剣から下ろした。

 

「……ちょっと待って。」

リトたちが帰ろうとしたとき、ティララがリトにそう告げた。

「どうした?まだ用事でも……」

「彼女に、話があるわ。すぐ帰るから、悪いけど準備して待っててくれる?」

そういって、ティララは壁に寄りかかっているセレアを指差した。

「まさか、ティララ……」

「貴方の恩人なんでしょ?私からも、お礼ぐらい言っておかなくちゃね。」

「そういうことならいいけど……怪我させたりとかはしないでくれよ。」

「心配ないわ。私だって子供じゃないもの。」

「……仕方ない。行くぞ、みんな。」

「ああ。」

「みぃっ、ティララ〜。すぐ帰ってきてね〜?」

「ええ。イリスにもよろしくね。」

ゲートの向こうへ消えようとする一行に、ティララは手を振った。

「……セレア!」

ゲートを閉じようとしたとき、急にリトが声を上げる。

「今日は、ほんとにありがとう。また、会えるよな?」

「……ああ。必ず、な。」

「そうか……じゃあな。」

そういい残し、リトはゲートを閉じた。

小さな店の中には、カーミラとティララ、そしてセレアの3人だけになった。

「ふぅ……今日は店じまいね。私は奥に行ってるわ。」

場の空気を察したカーミラは、静かに呟き奥へと消えていく。

「……セレア。」

「気安く呼ぶなと言ったはずだ。」

「無愛想なところは相変わらずってわけ?長く生きてる分、

 しがらみがあるのも分かるけど……もう少し、人に愛されてもいいんじゃない?」

「知った事ではない。それに、変わっていないのはお前も同じだ……。

 姿かたちも、あのときのお前と同じ……若いままのお前だろう?」

「嬉しいこと言ってくれるじゃない。貴方だけよ?みーんな、

 二言目にはおばさん、おばさんってうるさいんだから……」

ほんの少しの沈黙の後、ティララは急に表情を変えて言った。

「……でも、若いままなのは貴方も同じでしょ?」

「こちらも半分は人間なのでな……気味が悪いことには変わりは無い。」

急に訪れた静寂。一点の緩みも無く、張り詰めた空気。

「……何故リトを助けたの?」

先に沈黙を破ったのはティララだった。

腕を組み、険しい表情のままセレアを見つめている。

「……私は、リトの汚れた欲望から生まれた。奴はどんなものを犠牲にしてでも、

 真実に抗おうとした。そして、そのための力を欲した。」

「そんなことは私だって知っているわ。」

「確かに、私の存在を脅かす力など存在しなかった。

 光なるものは闇を恐れ、水を操るものは炎から遠ざかる、他の魔神たちと違って。」

「……人間は、いかなる力にも脅かされることはない……けれど、真実に

 立ち向かうためには、力を持たない人間はひ弱すぎた。

 だから彼は、力を持ちつつ脅かされることの無い存在を作り上げるために……

 人類と魔神を融合させ、貴方を作り出した……

 そして貴方は、かつてリトを殺そうとした。望まない殺戮を強要する、貴方の主を。

 けれど、それが一体どうしたって言うの?」

「……かつて、王国の小さな辺境都市で、ひとつの反乱が起こった。」

「私が訊いているのは……!!」

「黙って聞いてくれ……ほんの少しの恨み言だ。」

「……。」

「王が鎮圧に差し向けたのは、他ならぬ私自身だ。それも、たった1人でな。

 『町を焼き払い、全ての住人を殺せ』。王は私にそう命令した。

 言われたとおりに私は町を焼き払い、全ての住人を殺したさ。

 男も、女も……大怪我で身動きの出来ないような奴もな。」

「もう……やめて……。」

「私は、子供の手を引いて逃げる1人の母親を見つけた。幾つもの返り血を浴び、

 幾つもの傷を負っても倒れる事の無かった私は、そいつを追いかけて殺した。

 傍らにいた子供は、動かなくなった母親にすがりつき……

 やがて涙にまみれた顔で私を睨んだ。

 そいつはかたわらに落ちていたガラスの破片で、私に襲い掛かってきた。

 ただひたすら、泣きながら私の足を切りつけるそいつを、私は……」

「やめてって言ってるでしょ!!」

「私だって……!!」

セレアは突然そう叫び、紅月刀を抜いて……思い切り自らの胸に突き刺した。

「……そんな事は……望まなかった!!」

血を流し、涙を流しながら、彼女は吐き出すように自らの思いを語った。

「どれだけ安らぎを得ようとして……」

静かに剣を胸から引き抜く。

「自らの体を傷つけても……」

おびただしい量の血が床を染めるが、やがて彼女の傷はふさがっていった。

「私に、死がもたらされる事はなかった。」

彼女が紅月刀の血を払っても、

消えない焔を宿した真紅の剣の、血のような輝きが消える事はなかった。

「……だから貴方は、せめてリトを殺そうとしたの?」

「人の心を持つが故、私は苦悩した。

 でも、だからこそ自我を持ち、主に抗う事も出来た。

 全く、皮肉なものだ……。」

「でも貴方は、それすら叶えられなかった……そうでしょう?」

「お前にはばまれて、な。けれど、おかげで私は封印され、

 望まぬ形ではあるものの、安らぎを得る事が出来た。

 いつ再び駆り出されるかも知れないという不安におびえつつ、

 私は自らに与えられた壷の中で眠り続けた……。」

「でも、それなら何故貴方はここに……」

「私が目を覚ましたとき、いつの間にか私はこの島の海岸で横になっていた。

 傍らには自分が封印された壷が落ちていたんだ。

 どうやって封印がとかれたのかは分からない……

 けれど、私は全てのことを覚えていた。」

「……。」

「そんなはずは無い、という顔をしているな……。確かにその通りだ。

 私もすでに話は聞いているが、この島に流れ着く全ての人間は記憶を失っている。

 私が人としてこの島に辿り着いたのなら、同様に記憶を失っているはず……。

 魔神としてなら、壷の中に封印されたままになっているはずだ。」

「……貴方にも、理由は分からないの?」

「ああ……目が覚めたとき、真っ先に私の脳裏をかすめたのは、他ならぬリトへの

 殺意だった。けれど次の瞬間、何かが私の心に語りかけたんだ……

 『そんなことをするために、再び目覚めたのではない』……とな。」

「そして貴方はリトに出会って……彼を助けたというの?」

「ああ……それに、奴はもう相応の報いを受けた……違うか?」

「何故そのことを……」

「この店の奥で1冊の本を読ませてもらった。

『ある女神の物語』……という題の、な。」

「……!」

「これで分かっただろう?もう私に奴を殺す必要はない。……同様に、お前もな。」

「まったく……貴方の力を感じたから、

 リトを助けるために急いで駆けつけたっていうのに……これじゃ拍子抜けね。」

呆れた表情で、ティララは肩をすくめた。

ちょうどそこへ、いつもどおりの表情のカーミラがやってきた。

「話は終わったみたいねぇ。」

「貴方って人は……どこまでも間がいいわね。」

「ご都合主義だから♪」

「さぁ、行け。仲間たちが待っているのだろう?」

「……そうね。心配かけちゃ悪いわよね。」

そういってティララは振り返り、ゲートへ歩み寄る。

彼女がゲートに触れようとした途端、

「……ティララ!」

セレアがティララを呼び止めた。

ちょうど振り返った彼女に向かい、セレアは金色の髪留めを投げた。

突然のことに驚いたティララだったが、どうにかそれを受け止める。

「美人には変わりないが……そちらのほうが似合っているぞ。」

「……ほめても何にも出ないわよ?」

ティララはわずかに笑みをうかべ、ゲートへと消えていった。

 

「……さてと、迷惑掛けたな。用があったら何かもらって行ってやる。じゃあな。」

カーミラにそういい残し、ドアに手を掛けたセレアに一言。

「……、誰が掃除すると思ってんの?」

若干引きつった笑みで、カーミラは血に染まりきった床を指差した。

「……古銭30枚でどうだ?」

「何いってんのよ。それはアンタの宿賃。」

「……想像以上にがめついな、お前。」

「コレでも『あきんど』ですからねぇ〜♪」

「……仕方ない。その代わり、もう一晩世話になるぞ。」

 

Fin

 

アナザーストーリー

 

一言:本編「君の帰る場所」に登場したオリジナルキャラクター、

「セレア」の過去を描いた、短めの作品となっております。

一応原作のキャラクターたちは何人か登場しますが、

あくまでも本編とあわせて楽しむためのオリジナルのエピソードなので、

原作にはこのようなストーリーは存在しません。

あらかじめご承知ください。

また、こちらは本編とは違い本命のシリアスものとなっております。

あまりお互いに慣れていないため、戸惑う方もいるかも知れませんが

どうか最後までお付き合いください。では。

 

 

 

幾つもの町を焼いて

幾つもの命を奪い

幾つもの涙を流し

幾つもの傷を負っても

私は安らぎを得ることは無かった

君の帰る場所

 

崩れていく建物。空を染める炎。

数ヶ月前には、この町にも活気が溢れ、人々が笑い会っていたのだろう。

だが、暴君の悪政に耐えかねた人々が反乱を起こし、この町は戦いの――

いや、虐殺の舞台となった。

 

しばらくして、町の広場に立ち尽くす1つの人影があった。

町中を包んでいた炎はいつしかおさまり、

かわりに黒くすすけた瓦礫がそこら中に転がっている。

人影の正体は、黒い服を着た、黒髪の女性だった。

右手に握った剣の、その真紅の刃は真新しい血にまみれていた。

彼女の目の前には、胸を貫かれた女性の亡骸と、

その傍らに首筋に血の痕が残る少年の遺体があった。

「……分からない。」

黒髪の女性は力なく声を上げた。

やがて女性の足元に1つのしずくが落ちる。

「何故だろうな……無いはずの傷が痛むのは……」

俯いて、彼女は自らの脚に手を当てる。

虚ろな瞳から涙を流しつつ、ただひたすら女性はその場に立ち尽くしていた。

 

 

 

かつてその国は、ある1人の少年が1人の女神の祝福を得て立ち上げた国だった。

どのような民にも分け隔てなく接し、可能な限り争いを避けるその姿勢は、

武力によらない繁栄を作り上げた。

しかし、ある頃を境に王は狂い始める。何かにおびえたように力を欲し、

逆らうものは皆、処刑されるか奴隷としてとらえられた。

やがて繁栄を誇った王国は、次第に陰りを見せ始めた。

 

王国の中枢とも言える場所、王宮。

その一室に、先ほど瓦礫の中で立ち尽くしていた女性がいた。

女性は椅子に座り、鞘に収められた自分の剣を見つめていた。

どういうわけか室内には、多くの血痕が残っており、

無機質な灰色の壁を、余すところなく赤く染めていた。

徐に女性は立ち上がり、この部屋のベランダへと足を向けた。

おそらくまだ日は出ているが、空は不気味な色をした雲が覆っていた。

手すりに肘をつき、女性は自らの手首を見た。

薄く傷跡が残っているが、もはや血は流れておらず、

その傷が完治したことを示していた。

何もいわず、左手の血痕をなめてみる。ただ、塩と鉄の味がするだけだ。

どうしようもないむなしさに襲われ、女性は思わずため息をついた。

今にも泣き出しそうなその横顔を、穏やかな風がなでていく。

女性が手すり越しに下を見下ろすと、遥か遠くに城の外庭が見える。

しばらく考え込んだ後、女性は首を振った。

(そんなことをしても、無駄に決まっている。事を荒立てるだけだ――)

ちょうどその時、後ろで扉をノックする音が聞こえた。

「セレア。いるのだろう?入るぞ。」

セレアと呼ばれた女性が振り返ると、

ドアの向こうからは赤髪の、きらびやかな服装に身を包んだ男性が現れた。

彼の両脇には、従者と思われる兵装の男が1人ずつ立っている。

「誰が勝手に休んでいいといった。常に戦えるよう身を整えろと命令したはずだ。」

ベランダへと歩み寄りつつ、赤髪の男は言った。

「……。」

「どうした?反論でもあるのか?」

「……そんなものは無い。」

「言葉遣いがなっておらんな……まあいい。南方にて反乱があった。

 すぐに行って鎮圧してこい。いつもどおり、住人は1人残らず殺せ。」

「見せしめのためとはいえ……やりすぎではないのか?」

「貴様に意見する権利など無い。国王として命ずる……行け。」

「……」

「どうした?何か不満があるのか?」

「少しだけ……休ませてくれ。」

「休む必要など無い。お前はすでに人間ではないのだからな。

 全く我ながら良く出来た兵器だよ、お前は。」

「……っ!」

「どうしても、というのなら褒美ぐらいは取らせてやる。

 いつも私の国のために働いてくれているのだからな。」

その言葉に、セレアは急に表情を変え、王の方へ向き直った。

「……本当か?」

「ああ。何でも欲しいものを言うがいい。

 出来るものなら、どんな者でもくれてやるぞ?」

両手を広げ、自信満々に王は答えた。

「そうか。なら……」

静かにそう呟いたセレアは、徐に王の方へ近づき始めた。

「無礼者!近づきすぎ……」

ある程度王に歩み寄ったところで、セレアを止めようとした従者の首筋から

突然大量の血がほとばしった。

残る1人も、セレアの剣に腹部を貫かれ、事切れる。

「貴様の命を貰おうか……。」

返り血を浴びたままの、虚ろな瞳でセレアは王に剣を向けた。

「ば、馬鹿な……私はお前の主だぞ!?私に剣を向けるなどと……!」

「馬鹿な、と言うのは……」

空を切る音がして、真紅の刃が王の肩へと突き刺さった。

「ぐうっ……!」

「私の言うことだ。何故貴様に従わなければならない理由がある?」

「お前は……私の魔神だ……!魔神にとって、主の命令は絶対のはず……」

「本来の魔神なら、な。」

そういってセレアは満足げな笑みを浮かべる。

「……まさか、貴様……」

「ああ……私は良く出来た兵器などではなかった。

 人のみが持つ自我を……知っていたからな。」

「いずれにせよ、お前が私に創られた存在であることには変わりはない……。」

「創り主としての恩を着せるつもりか?なら……お前はどうだ。」

「……!!」

「自らを創り上げた存在に抗おうとしているのは……他ならないお前だ。」

そう言いつつ、セレアは剣を引き抜き……

「絶望ゆえに、真実に逆らおうとする……。同じなんだ……お前も、私も。」

緋色の鋼を王へと振り下ろした。

刹那、大きな音が響き渡った。屋の扉が開け放たれ、向こう側から

1つの人影が躍り出て、セレアの剣を弾き返す。

「何!?」

「ティララ!貴様……」

王とセレアの間に割って入ったのは、桃色の長い髪の女性だった。

「でしゃばった真似をするな!お前の顔など見たくもない!!」

「そんな事言ってる場合じゃないわ!リト、早く逃げて!!」

ティララという女性は、王に向かって険しい表情で叫んだ。

「ちっ……死ぬんじゃないぞ!」

「お互いにね!」

自らがリトと呼んだ男が外に逃げ出したのを確認して、

ティララはセレアを睨みつけ、手にした槍を彼女に向けた。

「邪魔をするのなら……容赦はしない。」

「何故……!?リトを殺したら……貴方もリトと同じになってしまう!!」

「だから何だというのだ?」

「……!」

いつの間にか、雨が2人の顔を打つようになっていた。

「お前たちは、人の願いから生まれた……

 いかにその力が人に恐れられても、お前たちは

 その願いのために生きていくことができる。」

虚ろな瞳のまま、セレアは剣を振るった。

手にしている槍で、とっさにティララはそれをはじき返した。

「……けれど、それだけが私たちの存在じゃないわ!

 人を傷つけたり……忌み嫌われる事だってある!!」

鋭いティララの突きがセレアに襲い掛かった。

紙一重でセレアはしゃがみ、ティララの突きをかわした。

「……奴は思うままに私を操り、自らの望みを叶えていった。」

その時、突然セレアの剣がティララの脇腹を薙いだ。

「あうっ!」

よろけたティララは、城の壁にぶつかって寄りかかるような体勢になった。

「ならば、何故だ……」

何かを貫く音が、あたりに響き渡る。

と同時に、ティララの左足に激痛が走った。

「ああっ!」

「何故、私は!自らの望みを叶えられない!何故、安らぎさえ得ることができない!!」

叫びつつセレアは剣を引き抜いて、もう一度ティララに斬りかかった。

痛みに耐えつつ、ティララはそれを受け止める。

「答えろ!!」

いつしか雨は激しく降り注ぎ、その場に流れた血を洗っていく。

武器越しににらみ合う2人を、深い霧が包んだ。

「全部、彼を止められなかった私のせいね……でも!」

鋭い金属音が雨音を裂いて、セレアの剣が地面を転がった。

「私はこうするしかないのよ……!」

渾身の力が込められたティララの槍が、セレアの左腕を貫いていた。

苦痛に歪んだセレアの顔に、ティララが手をかざす。

「ごめんね……」

ティララが呟くようにそういうと、セレアの体は力を失って、その場に倒れこんだ。

――私は、何を望めばいい――

声にならないセレアの想いが、不意にティララの心を突き抜ける。

「分からない。けれど……」

呟きつつ、ティララは倒れているセレアに歩み寄った。

「死とは違う……この安らぎには、いつか終わりがある。

 それでも今は……せめて安らかに眠って。」

閉じたセレアのまぶたから、一筋の光が流れ出る。

やがてそれは頬を伝い、雨によってぬぐわれた。

 

「う……」

殺伐とした風の音があたりを駆け、セレアの頬を撫でていく。

未だに残る左腕の痛みをこらえつつ、おもむろに彼女は身を起こした。

「ここは……?」

あたりに広がる光景は、どこまでも続く赤い大地。

ところどころに岩が転がっているが、

命の気配の無い、殺風景な夕暮れの荒野……

それでも、なぜか見覚えのある不思議な場所だった。

「たしか、私は……」

ぼんやりとした頭で、記憶の糸をたどっていく。

やがて、彼女は1つの答えを導き出した。

「壷の中、か……」

おそらくここは、彼女の元になった魔神の壷。

持ち主の精神世界の象徴であるここは、住むものによって形を変える。

知っているような気がしたのも、そのせいだろう。

「……すべて偽りだ。私は、こんなところなど知らない。」

呟きながら、セレアは荒野をさまよった。

口ではそう言っていても、この中のどこかに

自分が求めていたものがあるような気がしたからだ。

当てもなく、しばらく歩き続けると、彼女は突然声を上げた。

「あれは……」

不意に、荒野の真ん中に青々とした草原が見えた。

所々に美しい白い花を咲かせ、夕暮れの風に穏やかに揺れている。

「……どうして?」

疑問と同時に、彼女の心に懐かしさが芽生えた。

「何故こんなに、懐かしい……?」

やがて彼女の頬を涙が伝った。

――そうか。これが……安らぎ――

光る雫と共に、セレアは草原へと身を躍らせた。

草のベッドは優しく彼女を受け止めて、荒みきった彼女の心を洗い流す。

「……ありがとう。」

誰に言うでもなく、セレアが呟く。そして彼女は、再び深い眠りへと落ちていった。

 

「ところでさぁ。」

「ん?」

床に残る染みを、食い入るように見つめていたカーミラが不意に問いかける。

「あんたどうして腕にバンダナなんか巻いてるわけ?鬱陶しくないの?」

「これか?これは……」

毛先がほんのり赤くなったモップを片付けつつ、セレアは少し考え込んだ。

「(この傷だけは、消えなかったな……。)照れ隠しみたいな物か。」

「はぁ?」

「ちゃーむぽいんと、というやつでもあるな。」

「余計訳わかんないわよ。」

「わからなくていい。誰でも、知られたくない事は持っているものだ。」

思わせぶりなセレアの言い方に肩をすくめ、カーミラは答えた。

「ま、何でもいいわ。それより……」

鋭く床を指差し、真剣な表情でカーミラはセレアを睨んだ。

「、落ちないんだけど。」

「……別にいいんじゃないか?」

「良くないわよ!お客さん、気味悪がって来なくなっちゃうじゃない!!」

「……仕方ない。売り上げが伸び悩むようなら、私が何か譲ってやる。」

「……その言葉、忘れないでよ?」

「ああ。ただし、今後の宿くらいは無料で貸してくれ。」

「仕方ないわね〜、別に減るもんじゃないし。

 色々とタダで手に入るんなら、安いものよ。」

「決まりだな。これからもたびたび世話になるぞ?」

「はいは〜い。……って、あ!」

何気なく窓の方を向いたカーミラが、突然叫んだ。

「どうした?」

「夜……明けちゃったみたい。」

「……仕方ない。今日は店を閉めるか?」

「私はしばらく眠らせてもらうわ。できれば起こさないでねぇ〜。」

有無を言わせず長椅子に横になると、次の瞬間にはカーミラは寝息を立てていた。

「一晩徹夜じゃ無理もないか……」

それに倣い、セレアもその場の床に横になった。

外では海鳥が、心地よい朝の歌を歌っている。

Fin

あとがき

作者  「……。」

セレア 「……。」

カーミラ「……。」

 

……………………。

 

作者  「誰か何とか言ってくれよ〜。」

セレア 「……あ〜、そうだな。とりあえず貴様、死んでこい。」

カーミラ「そーねぇ。向こうにちょうどいい木があったから、そこで首くくってくればぁ?」

作者  「いや、そりゃやりすぎたよ?俺は。

     他人の創作物にオリジナルでキャラ出して、

     主役並に目立たせるなんて、どう考えても冗談が過ぎるよ?

     だからって、2人してそんな事……。」

セレア 「往生際の悪い奴は嫌いだ。どうしてもというのなら、私が引導渡してくれる。」

 

〜数分後〜

 

ぎい……ぎい……

カーミラ「木に逆さづりにしてからリンチなんて、アンタも随分ひどいわねぇ。」

セレア 「私に恥をかかせた罰だ。」

作者  「げふっ、げふっ……もう何も……言いません。

     本当にごめんなさい。すいません。」

カーミラ「見た目によらずしぶといわねぇ、こいつ。」

セレア 「放っておけば死ぬだろう。構うことは無い。」

カーミラ「それにしても、どうしてオリキャラ出そうなんて考えたの?」

作者  「え〜と、今回はちょっとリト君の魅力の1つである、

     哀れっぽさを前面に押し出して前半部分を書いたんですよ。

     そしたら、微妙に動かしづらいというか、ぶつぶつ独り言言ったり、

     何か哀れすぎて見てられなくて。

     そいで、旅の仲間としてセレアさんに出ていただくことに……」

セレア 「などともっともらしい言い訳をして、実は唯のエゴだろう。」

(ぐさっ!)

セレア 「全く……普段抑圧されている自己顕示欲をこんな所で発散しようなどとは、

     つくづくいじらしい人間だな。」

(ぐさぐさぐさっ!)

セレア 「所詮お前は、他人に迷惑をかけなければ生きていけない下劣な人間だ。

     その程度で思い上がるなど言語道断。」

(ズバシュッ!!)

カーミラ「その辺にしといてあげたらぁ?」

セレア 「原作の人物には逆らえんな……仕方ない。」

作者  「で、でも!一応リト君とかティララさんも目立たせたつもりですよ!?

     微妙にもどかしい四角関係とか、リト君最大の魅力の流血シーンとか、

     ティララさんの色っぽい悲鳴とか……」

セレア 焔花繚乱!

どごおおおおおぉぉん!

作者  「グボハアァァァッ!」

カーミラ「おお〜。随分派手にやったねぇ。」

セレア 「ふっ……悪しきが滅び逝くは、世の理。」

作者  「カーミラ、お前……さり気に今、エスレイオンもキメただろ!」

カーミラ「あらぁ、ばれちゃってた?」

作者  「セレア……いや、カレンも作者に向かってなんて事を!!」

セレア 「おや、何のことかな。」

カーミラ「え?カレンって……」

作者  「教えてやろう……こいつの原作での名はカレン。カレン=セイルフィアだ!」

カーミラ「……つまり、自分のオリジ作品から

     名前変えてキャラ引っ張ってきたってこと?」

作者  「その通り。不本意ながら、原作の冒険者と名前がかぶったから、

     同じ作品の別のキャラの名を拝借したまで。」

セレア 「だからなんだと言うのだ……。

     全く、要らぬことをベラベラと……。」

カーミラ「そうねぇ。あくまでも目立ちたいわけ?」

作者  「い、いや……一応真実を話そうと……」

セレア 「……まだ何か言いたいことはあるか?」

作者  「え、え〜と……思うままにガスガス書いていったら、

     なんかギャグかシリアスかはっきりしなくなっちゃいました。ごめんなさい。

     知らない人出てきたり、イロイロ読者の方は戸惑ったかと思いますが……」

セレア 「……ていうか、読者いるのか?」

作者  「それを言うなよ……気を取り直して続きいきます。

     で、ガスガス書いていれば当然量も多くなってくるわけで。気がつけば

     Wordのデフォルトで50ページ。今書いているオリジ小説本編を

     追い越しかねない勢い。姉に『ロスハ書けよ』と突っ込まれた始末。」

カレン 「……」

カーミラ「それもそうねぇ。ていうか、『ロスハ』って何の略?」

作者  「それは……」

カレン 「質問はしないほうがいい……コイツがつけ上がるだけだ。」

カーミラ「そうだったわねぇ。」

作者  「そ、そんな……」

セレア 「無駄話はそろそろ終いだ。

     カーミラ、カウンターの中に詰まっているものを。」

カーミラ「はいは〜い☆」

作者  「え?もしかして……」

コロコロコロ……

カーミラ「Had a goodday♪(さようなら♪)」

作者  「いやあああぁぁ!お代官様お許しをー!!」

ズガアアアアアァァァァァァン!

Fin?〜

訳分からん……