ひとのものがたり 〜燕説話 レジーナ編

著者:小燕風

ひとり、またひとり減っていく

暖かき昼から冷たき夜へ

けして逆らうことの出来ない運命

神や魔神や、魔物の物語ではない

これから語るは人の物語


願わくは

彼らに再び太陽の光が当たることを

酒場にて・B

「またポケっとしているの?」

背後から女性声がする。
静まり返った酒場。
自分の前に置かれたウーロン。
ぽっかり開いた心。

「んー?
 何か用?」

自分でもポケっとしているなぁと自覚してしまう声で返事をする。

「そろそろあの子を出そうと思って。
 もし良かったら、あなたの探索技術も仕込んでもらえない?」

彼女の後ろのほうに必死に身振り手振りで無理だと言って欲しいと伝えている少年がいる。

「ん、わかった。
 死なせない程度に教えるわ」

そう返事を彼女に返すと、少年の顔は絶望に歪んだ。
いままでロクに生活出来なかったのだろうな、と内心同情する。
左手で席から立ち上がると彼女が顔を近づけて尋ねる。

「まだ、右腕は…?」
「そうね…。
 まだ、ね…」

罪と罰 - It is Evil without Malice.

 ザクッ

  プシュッ…


真っ赤な鮮血が辺りに噴出する。
手元には尾びれが残り、他は地面に落ちる。
マーメイドのひれは珍味として人気が高い反面、
殺されまいとする人魚たちの返り討ちがあるため入手しにくい。

 ザクッ
  プシュッ…

男は慣れた手つきでひれを丁寧に取っていく。

 ザクッ
  プシュッ…

「うーん、なかなか大きいのが取れないな」

 ザクッ
  プシュッ…

男の周りには3,4体の人魚の屍が転がっており、
流れ出た赤い血が近くの水面を赤く染める。
遠くから歌声が聞こえる。


数日前、男は自分の相方である女に一つの約束をしていた。
「人魚のひれって美味いらしいぜ!」
「え!そうなの!?たべてみたーい!」
そんな些細なものだった。
海岸洞穴に着いた男は運良くマーメイドの子の群れを見かけ、
その刃を容赦なく向けたのだった。
あっけなく群れは壊滅し、男はひれを切り取る作業に入ったのだ。


「やっぱり1〜2切れじゃ足らないよなぁ〜」

屍に目も配らず、男はそう呟く。
ひれを取ったとしても食べられない部位があるために、
どうしても狩った魔物の数より少なくなってしまう。

「俺とグレイスの2人が鱈腹(たらふく)食べるとなると10切れは欲しいな…」

男は奥へと進む。
歌声は次第に大きくなっていく。




……
………


男が海岸洞穴へ向かってから1週間が過ぎた。
時間が掛かるほど遠い場所でない上に、
男はいままで会う約束の日時を超過することはなかった。
不安に駆られた女は海岸洞穴へと向かう。
彼と自分が冒険者であるために心のどこかで持つ不安。
決して彼の戦闘の腕を過小評価しているわけではない。
しかし、彼以上の腕の持ち主は次々と町以外の場所でこの世を去っている。

「…まずは心配かけさせたことを怒らなくっちゃ」

人魚の住む洞窟で女は呟く。
途中何度かマーメイドの群れに襲われそうになるが、
上手く身を隠してやり過ごしながら壁沿いに先へと進む。


遠くで波の音がする。


しばらく行った所で彼が愛用していた真っ赤なバンダナを見つける。
血で半分以上が染まり、女の不安を煽る。
心臓の鼓動音が抑えきれなくなる。
それでも女は彼を信じて一歩一歩前へと進む。



  ぴとん…

     ぴとん…



真っ赤な銛が地面に突き刺さり


 ドクッ…

   ドクッ…


銛を三本も四本も腹から貫かれる


 ドッドッドッドッドッ…


膝や肘は無残にも逆方向へ折れ曲がり





逆立てていた金髪は血によって汚れ


  ぴとん…

   ぴとん…


何も映さない目と同じく生気を失っている





「いやああああああああああああああああああああ
 ああああああああああああああああああぁぁっっ!」





絶叫が洞窟で反響する。
壁に身を隠していたがミルコのもとへ駆け出す。




そして





 どすっ…


  どすどすっ……




口から生暖かいものが溢れ出る。
「あぁぁ…」
急速に失う光と体温。
二本三本と貫かれながらも女は彼のもとに向かって倒れる。

彼であったものの下で永夜が訪れた。

贄 - An intruder.

女に守られる男って格好悪いだろうか。
残念ながら僕、ユリアンは女に守られる男だ。
相方はシア。
彼女はあのナインの教えをみっちり教え込まれている。
それに比べて僕は自流でとにかく剣を振るだけだから、
危なっかしいと自分でも分かる。
かわりに僕は薬草学を道具屋のイリスさんから学び、
戦闘後にはそれを活かしてシアの役に立つことが出来た。

今日は神殿内部の探索。
レジーナによってつい最近に入り口が作られ、
中へと入ることが出来るようになった。
第一階層は狼が出てくる罠が多く、2人で協力しながら下の階へと進む。
行き止まりの部屋で隠し階段を僕は探し続けたけれど、
その最中にシアは左腕に大やけどを負ってしまった。
僕が調合した薬草で治癒速度を速めてはいるが、
町に戻らない限りは満足に治療を施せないから、
まだ左腕は動かせないだろう。
シアはそれでも先へ行くと言って聞かない。

 …漆黒の迷宮へ。

僕たち2人の接点で、一緒に行動するきっかけともなった言葉。
シアはそれだけを呟いて先へ進む。
この島に来た人は必ず覚えている言葉。
死さえありうる冒険へ僕たちが行く理由。
危なくなるまで僕もシアに随って先へと進むことにする。



「ねぇ、シア…。
 これは戻ったほうが良いんじゃない…?」

僕はシアに呼びかける。
戻り通路が魔物によって塞がれた。

「右手だけでも上等よ。
 足手纏いになるからユリアンは先に進んでて!」

シアは右手で剣を構え、邪魔にならないよう左手を後ろに隠す。
翼を広げ、魔物は威嚇をする。
モンスタートラップの一種で、退路を防ぐタイプだ。
幸いなことに、神殿の通路は狭い上に魔物が大きすぎて
一度に沢山の相手をする必要が無い。

「……でも!」

僕は嫌な予感がする。
初めて訪れる場所なのだ。

「先に進んで迷宮を見つけて!」

シアのその叫びに突き動かされ、僕は先へと駆けた。





「…師の教えを破っちゃったな」

私はユリアンを先へ進ませて、
もう一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
その間も構えは崩さずにグリフォンを睨む。
師の教えをそのまま実行するなら、
ユリアンが言ったように戻るのが正しい。

「くっ…」

左腕が焼かれただけだと思っていたけれど、
どうやら左足も同時に焼かれていたようだ。
ここに来るまでは走る必要もなかったから、
ユリアンには気づかれなかったようだが、
たとえ戻ったとしても、無事に戻れないだろう。
ユリアンはこの先はずっと走り抜けるしかないが、
狼どもよりはグリフォンの足は遅いし、
神殿の構造からして抜けられるはずだ。

一匹目のグリフォンが動き始める。

「漆黒の迷宮へ行くまでっ」

直線的に私の頭部を狙ってきたため容易に剣を突き刺した。

「私も死ねない!」

左右から2体が襲い掛かる。


 漆黒の迷宮へ!


片方に剣を投げつけ、隙をつくり逃げ込む。
拾う暇があればいいが、まずは自分の命を優先するしかない。
剣が無くなった時のために持っている補助ナイフで間合いを量る。
2体の羽ばたき方が変化する。
周囲で風が巻き起こる。
それなりに鉄製品で身を固めていて重いにも関わらず、
一瞬体が浮きそうなほどの猛烈な突風が発生する。

 スパッ…

鎌鼬が発生し、頬や髪を切りとっていく。

「こんなところで…!
 私はまだ生き抜いてやる…っ!」

2体のグリフォンの起こした強風にシアは包まれる。





「はぁ…はぁ…」

僕もシアもこの先に漆黒の迷宮があるということを信じている。
ここはかつて女神が祀られた白亜の神殿。
女神と言われているが実在した人物であり、
今の私たちには無い、何らかの力を持っていたと思われる。
一度世界が滅ぶきっかけとなるのも、彼女の強大な力の暴走の所為だと…。
だからこそ、この神殿の奥に僕たち冒険者が捜し求める漆黒の迷宮があり、
全ての真実がそこにあると考えたのだ。


「グリフォンは…撒けたみたいだ…」

階段を降り、針のトラップを避け、入り組んだ通路へと出る。
不気味に点々と置かれる古の魔女を模した銅像が通路の真ん中にある。
まるで生きているかのようにこちらを見ている気がする。

「シア…」

恐らく、シアは助からないだろう…。
逃げない選択をしたということはそういうことだ。
彼女のためにも僕は生きてこの奥へと到達しなくてはならない。
坂道となっている道を下っていく。

 ず…ず……ず…

異質な空気が流れる。
自分以外に動くものがあったとは思えない。
背後からの奇襲だろうか。
壁を背にして構える。
背後には何もなかった。
ほっと安心して慎重に先へ進み始める。

…『何も無かった』?

振り向こうとした瞬間、
自分の胸から突然掌が現れ、視界が見えなくなっていく。
その手には僕…の……心ぞ………



再び神殿に静寂が訪れる。

冒険心 - Curiosity.

それは、ちょっとした発見だった。
地下水道には様々な抜け道があること。

地下水道は今の時期、クラゲが大量発生していて、
戦闘が出来ないと非常に危険な場所になっている。
誰が設置したのかは分からないけれど、
所々に蟲除けの魔方陣が設置されていて、
そこに駆け込めば襲われる心配も無い。
その魔方陣を利用して、私は地下水道を隈なく探索するつもりだった。

「…う…ぁ………」

意識が朦朧とする。
地下水路を探検している際に
突如、巨大な蟲が襲い掛かってきたのだった。

「こんな…とこで…死に…たくない…のに…」

涙が込み上げてくる。
今までは蟲がこのフロアまで登ってくることが無かった。
反射的に逃げこんだものの、蟲は私を追ってきたのだ。
羽根を持つものと持たないものとではスピードが違いすぎる。
背中から弾き飛ばされ、有り得ない力で壁に叩きつけられた。
ぐったりとして動かなくなった私に興味が無くなったのか、
蟲は近くでうろうろしている。
私はこのまま死ぬみたい…
もしも、輪廻があるのなら、
賑やかで、平和な世界に生まれ変わりたい…



記憶の最後の方に心配している顔をしたオレンジの鬣(たてがみ)を持った獅子を見た気がする。
何を言ったかは……

希求 - It is competed in patience.

この島には未だ解明されない謎が数多くある。
酒場で色んな冒険者と情報交換をすることがあるが、
廃坑で取れる魔法石と魔神との関係性が、
今のところ僕の中で求めている問題だ。

廃坑の魔法石は時間がたてば、ほぼ同じ場所から何度でも手に入れることが出来る。
ここは古の王が狂い始めて魔神を多く手に入れようとしたころと同時期に開かれた鉱山。
また、かの王も魔神を手当たり次第手に入れているにも拘らず、
短い期間で必ず新しい魔神を見つけていると言われている。
王が探すと何故見つかり、今我々が探しても見つからないのは何か秘密があるのだろうか。
そう、魔神も魔法石と同じなのかもしれない。

廃坑にはワームがあちらこちらにいて逃げ回るだけでも手一杯だけど、
近づいてきたら音と振動で分かる。
来るまでに魔法石について調べる時間がある。

魔法石は壁に埋まっていて、手で簡単に取れるようになっている。
普通の岩なら、取った場所は窪みとなってずっとそのままだ。
魔法石は取ったその時は窪みとなっているが、
1〜2週間経って戻ってくると再び魔法石が出っ張ってくる。
稀に出来損ないの欠片になっていることもあるが、
どちらにせよ、まるで大地が生み出しているかのような印象を受ける。

こうやって手にとるのは何度目になるだろうか。
魔法石は例外無くポロリと簡単に手に取れてしまう。
単なる鉱石ならば、鉱石の欠片が窪みに残ることも少なくない。
もちろん、そうなったと言うことは原石に傷がつくということだ。
魔法石だけは必ず原石か欠片か、しかない。
原石が欠けるという話は、僕はまだ聞いたことがない。
一体どういう構造でこの石は出来るのだろう。

魔法石は部屋の明かりとして使うことが多い。
また、ここから南に行ったところに冒険者の間では
交換所として知れ渡っている場所で貴重な回復薬と交換してもらったり、
道具屋の娘に渡して薬草をいくつか貰ったりする。
この石を大量に使う必要性が感じられないが、
彼女たちはコレクションにでもしているのだろうか。


 ズズゥン……

近くでワームが穴を掘る音と振動がする。
考えることを止め、僕は手に取った魔法石を鞄にしまう。
これはハティへのお土産として持って帰るつもりだ。

 ガバ……ッ

ワームの巨大な口が目の前に現れる。
彼らはああやって口の中に入る土ごと飲み込み、消化する。
そのため、そこに何があったとしても関係は無い。
地上の動くものに反応するために下手に動けば丸呑みになる。
そのために彼らが去るまでは動くことが出来ない。



……
………


長い時間が経つが彼らは去ろうとしない。
僕が標的になっているということだろう。
我慢勝負に持ち込まれてしまったようだ。

近くに小石があれば投げて、気をとられている隙に逃げるのだが…。
ワームは小石すら消化するために小石すら残らない。
ハティへのプレゼントのための魔法石を投げるしかないようだ。
向かう先とは反対方向へとスナップを利かせて投げる。

 ひゅっ

 コツン…


  ゴォウッ


魔法石が落ちた地点を食べる音と同時に走り出す。
 ズズゥン……

じきに音が近くなってくる。
止まらなければならない。
流石に魔法石一個で出口まで走るには足らないようだ。
息を整える。あわよくば諦めて去ることを願いつつ。





廃坑が突如静穏に包まれる。





 ゴゴゴゴゴゴ……


天井から岩が降り注ぐ。
こんなときに地震が起きるなんて!
この音なら走っても聞こえないかもしれない。
このまま立っていてもいずれ岩に押しつぶされるかもしれない。
寂れた廃坑だから最悪の場合、潰れて廃坑ごと埋められてしまう。
そういった考えが僕の中に現れ、僕は走り出してしまった。


 ゴォウッ





気がつくと僕は壁際に倒れていた。
視界がぼやけている。
地震が起きて、走り出して…。
一時的な地震だったようでもう揺れていないみたいだ。
立たなくては…。
右手を軸にして起き上がる。

僕に出来たのはここまでだった。
遠くでイーターがワームを捕食していた。
そうか…地震で揺さぶりをかけて僕を見つけたのか…。

ハティ…!ハティ!
たとえ声にして出したとしても、叶うことの無い願いだった。




まだ死にたくない!まだ死にたくない!まだ死にたくない!まだ死にたくない!
まだ死にたくない!まだ死にたくない!まだ死にたくない!まだ死にたくない!
まだ死にたくない!まだ死にたくない!まだ死にたくない!まだ死にたくない!
まだ死にたくない!まだ死にたくない!まだ死にたくない!まだ死にたくない!
まだ死にたくない!まだ死にたくない!まだ死にたくない!まだ死にたくない!
まだ死にたくない!まだ死にたくない!まだ死にたくない!まだ死にたくない!





遠くで魔法石が輝き始める。

死への恐怖と生への諦めの中で、
僕は気がついた。

もしかして、魔神や魔法石は人の………

Limit of Person.

計算外だった…。

この廃坑にはワームとオーガが闘争を繰り広げながら暮らしている。
私は古に魔神を操り絶大な権力を誇っていた王について調査をしていた。
そのため、王の墓所と古城を行き来していた。
古城はまだ外郭が突破されただけで、内部への橋を繋げているところだ。
最近になって発見された王の墓所は偽者である可能性が高く、本物の墓所を私は探している。
そこで、古城と繋がりの深い廃坑を調べようと来たのだった。

途中ワームやオーガに阻まれながらも、なんとか切り抜けて隠し扉を探していた。
王の墓所も隠し階段の先に、現状では王と思われる遺体を見つけた、と聞いた。
それなら廃坑も同じパターンで隠されているのではないだろうかと思ったのだ。

今、島に残っている人口は2人分の手があれば足りるぐらいに減っている。
一時期は町から溢れるばかりの人が居たにも拘らず、
そのほとんどが町の外へ出て行き、死んでいった。
だから廃坑を調査しようにも私一人でやらなければならないのだ。
人さえいればパーティを組んで進んで行けるのだけど。

結局、私は王の秘密には触れることが出来なかった。
隠し扉を見つけ、慎重に入るとそこはオーガの宝物庫だったのだ。
新しい宝物を発見して喜んで酒場に報告する間も無く、
中にいたオーガに殴り飛ばされた。


そう、私も町の外へ出て行き、死ぬのを待つだけの身となってしまったのだ。

漆黒の迷宮という言葉で一体何百もの人が死んだのだろうか。
一体どれだけの人が惑わされたのだろうか。
誰一人としてその存在すら示せていない。

私たちはいったい何の為に探さなきゃいけなかったのだろう。
残った人たちが一人でも多く生き残れますように………

ひとのものがたり

誰しもが心の中で暗き闇を求める。
実在のものなのか、想像のものなのかすら、分かってはいない。
だが、それはそこにあるという確信を持って生き続ける。
真実を見つけることのできる冒険者が現れるまで…


この島では各々が得意とする分野を最大限生かすことを重視される。
そして島の住人の全員が漆黒の迷宮を追い続ける。
それには訳があって、この島の住人のほとんどが記憶喪失の状態でこの島にやってきているためだ。
彼らは自分の名前も、出身も、家族の顔も、身分も、この島に来る前のことすら覚えていない。
残っているのは「漆黒の迷宮」という言葉だけ。
記憶を失っていないのは島で生まれ育った第二世代である、
図書館を経営している姉妹と鍛冶屋の親父がいる。
そのためこの3人は漆黒の迷宮への執着はそれほどあるわけではない。
島の情報を交換するために様々な冒険者がこの酒場を訪れたが
人は減っていく一方で、酒場を大人数で切り盛りしていた頃と比べると淋しくなっていく。

ミルコとグレイスのカップル2人組はいつも酒場で盛り上がってくれて、
来てもらったときはいつも人が少なくなった酒場に活気を与えてもらっている。
いつも酒場の肴用にと珍しい食材を分けてもらっている。
もちろん、彼らにしてみれば珍味を美味しい料理で食べたいからであろうが、
経営する身としては大変助かっている。

シアとユリアンも男女混合ペアだが、
ミルコとグレイスのような浮いた話を今のところ僕は聞いていない。
近い将来どちらかが言い出すのだろうけれど、どちらが先かをポロス君と賭けている。
それぐらい堅実な2人だから前の2人ほど無茶な行動をせず、
毎回元気な姿を酒場に見せに来てくれる。
当然、土産話を肴に呑んでいってもらっている。

カレンはマリエと組んでいるが、
カレンは考え症のようで相方のマリエと話しているときでさえ、
どこか遠くを見て悲しい雰囲気をまとっている。
誰かが輪廻転生という言葉を彼女に教えたようで、
死んだらどうなるのかを真剣に考えているようだが、
僕には少々難しくて彼女の考え全てを受け止めてあげることができない。

ビンセントは学者肌で気が弱いために2人であまり話すことがないけれど、
相方のハティが積極的なので彼女を通して話を聞くことがある。
もっとも彼女はお酒が呑めないために素面(しらふ)で3人が語り合うので僕にはそれが可笑しい。
彼らも浮いた話はないし、ビンセントから言うなんて考えられないので、
ずっとこういう関係なのだろうと思っている。
この酒場の明かりはビンセントが持ってきてくれた魔法石を使っているが、
廃坑は危ないので出来れば近づいてもらいたくない所だ。

アンネは気が強い女性と言えるが、よくよく考えてみると冒険者の女性の大半は気が強い。
やはり男よりも女は体格が大きくは無いため、その分をカバーしているのかもしれない。
…とはいってもシアは例外だけども。
アンネはこの島を治めていた王について、こつこつと研究活動を続けている。
つい最近に新しく来た「彼」が王の墓所で隠し階段を見つけ、
見事に遺体を発見したことを聞き、居ても立っても居られないと言って出かけてしまった。
無事に帰ってきてもらえたら良いのだけれども…。

レジーナは少しばかり前に不幸があったにも関わらず、
友人のナインの励ましを受けて立ち直ったばかりだ。
それでも時々彼のことを思い出すのか、酒場で物思いに耽ることが多い。
気の利いた言葉をかけてあげられるのなら良かったけれど、
結局僕に出来たのはただ黙ってウーロン割りを出すだけだった。

酒場にて・A

初めて出会ったのは酒場。
初めて会話をしたのも酒場。
初めて人と一緒に笑うことが出来たのも酒場。
初めて人を怒ったのも酒場。
初めて人のために泣いたのも酒場。
初めて人を待つようになったのも酒場。
初めて人を好きになったのも酒場。

最後に彼を見たのも、酒場。




突然だった。
古城外郭の最終攻略のために彼は酒場を出て行き、
そのまま帰ることはなかった。
最近はこの島の冒険者の人口も減ってきているために、
一人で探索のために島のあちこちに散っていくことが多くなっている。
だから彼に何が起こったのかを見た人はいない。

一時は自殺することも考えた。

ナインのおかげで未遂で終わったものの、
右腕に大怪我を負い、動かない状態になった。
時間は私を立ち直らせてくれはしたけれど、
彼と利腕を失った私には何もすることが出来なかった。