雨が好き

著者:ヴィシル

「ん……むみゅぅ〜…」
 起きて、その音を聴いた。
 ……あれ? その音を聞いて、起きたのかもしれない。
 とにかく、朝起きたら、雨が降ってた。
「みぃ〜♪」
 雨が降ると、しょんぼりする人も多いって聴く。
 でも、わたしは雨が好き。
 朝起きて、雨の音が聞こえてきたら、安らぐのと同時にウキウキして、不思議な気持ちになる。
「はっぴーな一日になりそうなの」
 勢いよく布団から抜け出して、部屋を出る。
 ディーヴァとティララはいない。
 もう起きちゃってるみたいだ。
 壺の中で寝るのはさびしいから、夜はディーヴァとティララの三人で寝るのが多い。
 ホントはリトと一緒に寝たいんだけど、全員(リト本人にまで)『ダメ』って言われたから。
 ……特にティララが、とっても怖かった。
 廊下を歩いて、リトの部屋に行く。
「リトー! おはよ〜!」
 毎朝の習慣。リトのベッドに思いっきり飛び込む。
「だっこぎゅー……み?」
 お布団を抱き締めた。
 ……というより、お布団だけを抱き締めた。
 リトが、いなかった。
 あわてて階段を降りる。
 みんなでリトを捜さないと――
「あ、ファルさん。お早うございます」
「おはよう。あなたがこんなに遅いなんて、珍しいわね」
「おはよう、ファル。待ってろ。今ファルの分用意するから」
 ……降りてすぐ見つかった。
 みんなでご飯を食べてた。
 つまり、えっと……
「寝坊したの……」
「だな。はい」
 リトにもらったパンに木イチゴのジャムを付ける。
「さて、ようやく全員揃ったわけなんだが……」
「リト、いじわる……」
「見てのとおり、今日は雨だ。探索はどうしようか?」
 ながされて、話し合う。
「一度ダンジョンに入ってしまえば、天気は関係ないがな」
「けど、昨日苦労して古城を制覇したばかりでしょ? どうせだから今日はお休みにした方が良くない?」
 みんなが真剣に話してる中で、ジャムを塗ったパンにかじりつく。
「みぃ〜♪」
 ……ちゃんと話は聴いてるよ?
「そうだな。今日は休みにするか」
「じゃ、いつもどおり家事をイリスに任せきるのは悪いわね。皿洗うわ」
「ありがとうごさいます、ティララさん」
 わたしも、何かお手伝いしないと。
 パンを食べながら考えてると、
「ほら。少しは気遣え」
 ディーヴァがナプキンで、口の周りを拭いてくれた。
「まだ食べてるから一緒だよ〜」
「ふぅ……」
 呆れたっていう溜め息だった。

 みんなで家事を済ませた後、リトの部屋に集まる。
「じゃあ繰るわよ」
 ティララがカードをしゃかしゃかと混ぜる。
 スゴいスピードなの……。
「はい、はい!」
 カードを渡される。
 今やってるのは、ポーカーっていう遊び。
 トランプがみんなに、5枚ずつ配られて、それを何枚かチェンジさせたりして、役をつくるゲーム。

「はい。リト」
「ああ」
 ……ポーカーに於いて、強力な役っていうのは、早々出るものじゃない。
 だから堅実な戦術が基本になる。
 酒場で散々鍛えられた勘。ここでフルに使って、勝ってみせる!
 ……いつもイアソンさんとかミルコさんとかグレイスさんに賭け金持ってかれてるからな……。
「うっ、うぅっ……!」
「リト? 具合でも悪いの?」
「い、いや、なんでも……」
 泣いてる場合じゃない。
 今日こそは、このゲームで、勝つんだ!!
「よし……一枚チェンジ!」
 よし。狙い通り来た。勝負だ!!!
「ストレート!!」
「くっ……ワンペアか」
「あたしツーペア」
「私もです」
「スーパーファルストレートなの!」
「いや、そんな役ないから」
「ブタね……」
「みい゛ぃぃぃぃ〜〜〜!!」
「三枚とかチェンジするからよ」
 ……………。
 ………。
 ……。
 その後も、数回勝負した。
 で、パワーバランスも徐々に判ってくる。
 とりあえず、ティララと……自分で云うのもなんだけど、俺がトップ争いをしている。
 酒場で流した涙は無意味なんかじゃない!
 ファルは、最初の方こそ戸惑っていたけど、コツを掴んだ今は、結構勝ってる。
 寧ろ、ディーヴァとイリスが、少々苦戦気味みたいだ。
「フラッシュ!」
「ぐっ……!」
「ワンペアです」
「スリーカードなの」
「フッフッフ……勝った。フォーカード!!」
「「!!」」
 かなり強力な役が来た!

 それからもしばらく、みんなと一緒にポーカーで遊んだ後、部屋を出た。
 せっかく降ってるんだし、一度くらいはお外に出ておきたい。
 外にも、少ないけど人はいた。
 わざわざ雨の日に外に出るなんて変わってるって言われたり、風邪を引かないようにって注意されたり。
 いろんな人と話しながら、お空を見上げる。
「ふぃ〜……」
 暗い。
 いつものポカポカなお日様は、今は見つからない。
 代わりに、降ってくる。
「……………」
 雨は好き。
 冷たくて気持ち良いし、窓に当たった時に出来る模様も、好き。
 それに――

「雨なの〜…」
「う〜ん、こりゃ仕事は休みだなあ……」
 お家の中で、外をみる。
 窓に水滴が当たって、下に滴れていく。
 別の水滴と合体して、大きくなったりもする。
 その動きをみるのも、好き。
「お仕事、お休みなの?」
「ああ。一日暇になっちゃったなぁ」
「それなら、今日はファルと遊べるの!」
 お仕事がお休みの日は、そうだから。
 お父さんも、勿論お母さんも、ずっとお家にいる。
 そして、ファルと遊んでくれる。
「あのなぁ。雨が降った後の日は、皺寄せが怖いんだぞー!」
「しわ寄せ……おじいさんになっちゃうの?」
 二人が、面白そうに笑った。
「う〜ん、ファルにはまだ難しいわね」
「むぅ〜〜」
 よくわかんなかったけど、何か全然違うことを言ったから、笑われたってことはわかった。
 それが面白くなくてちょっと怒る。
「まあ、遊ぶか。ファル!」
「みぃ〜〜♪」
「あなたー。先に壊れた棚を直してください!」
 わたしを抱き上げようとした手が止まる。
「おっとっと……すまんファル。父さん、休みの日でも仕事みたいだ」
 苦笑いを浮かべるお父さん。
「ファルも手伝うよ。それなら多分、早く終わって遊べるのっ」
「そうだな、ナイスアイディアだ! ファルは偉いなぁ」
「みぃ〜…♪」
 頭を、ゴツゴツした手で撫でてくれる。
 あったかくって、気持ちいい。
「もう……親馬鹿なんだから」
 雨が降ると、お父さんの仕事は、お休みになったから。
 お仕事がお休みになると、わたしと遊んでくれたから。
 だから、わたしは、雨が好き――。

「ファルー!」
 俺たちは、帰りが遅いファルが心配になって、捜していた。
 この町の人達も、みんな良い人ばかりだし(ポーカーでいじめられたりした事は、この際気にしない事にする)、
 ファルも早々危険な目に遇ったりはしないと思うけど……。
「全くもう! 何処に行ったのよ、あの子は」
 ……なんて文句を言いながらも必死で捜すティララ。
「この雨の中散歩に出るとは……本当に変わった奴だ」
 ……と、若干呆れながら辺りを見渡すディーヴァ。
「もう一度、手分けして捜してみましょう!」
 友達を心配しながらも、冷静に提案してくるイリス。
 頷いて、俺もみんなとは違う方向に走りだす。
「いた……」
 スカイブルーの長い髪に、質素な外套。
 雨を浴びながら空を見上げているのは、間違いなく、ファルだった。
「ファル。捜したぞ」
「ふぃ……」
 振り向いたファルの顔は、雨に濡れていた。
 その眼は、何処か遠くを視ている。
「雨は好き」
 不意に、ファルが震えた声で、そんなことを云った。
「雨粒が当たると冷たくて気持ちいいし、窓に当たると模様が出来て楽しいし……」
 そこで、一旦言葉が途切れた。
 二つ、気づく。
 顔に伝ってる水は、雨だけじゃないかもしれない。
 震えているのは、単に冷たいからだけじゃないのかもしれない。
 考えている間に、ファルの口が、また開いた。
「それに雨は、ファルの汚いところ、全部洗い流してくれると思うから」
「……………」
 ファルの云った言葉の意味は、細かいところまでは解らない。
 ただ、それが物理的な意味じゃない事は、解った。
 よくは解らないが、ファルにとって雨は、ただ好きなだけのものでもないみたいだ。
「たとえ……」
 それに対して、俺は何を云うべきなのか。
「みぃ……?」
『ファルに汚いところなんかない』とでも云えば良いのか。違う気がする。
 俺は未だ、ファルの事を詳しくは識らない。
 そんな俺が云っても、ただ空々しいだけだ。
 それに、ファルに汚いところがない保障なんて、出来ない。
 人は、いつまでも綺麗なままでいられるわけじゃない。
 ファルが見た目どおりの子どもならまだしも、魔神である彼女は、見た目を遥かに超える年月を生きている。
「たとえファルに汚いところがあったとしても、」
 なら、云うべきなのは、
「それを洗い流すのは、雨じゃなくてお――周りの人なんだと思う」
『俺たち』と云おうとして、やめた。
 単純に、恥ずかしかったから。
「……うん」
 けど、ファルは、それを読み取ったのかどうなのか、
「みぃ〜! やっぱりリトは大好きなの〜!」
 ……無邪気な顔をして、抱っこぎゅーをお見舞いしてきた。
 その後、合流したティララたちと、家に戻った。
 冷えてしまった身体を温め、ファルはティララとディーヴァに説教を受けた。
「ふぃ〜…」
「『ふぃ〜…』じゃなくて! 本当に判ってるの!?」
「まあまあ、ティララさん。ファルさんも反省してるみたいですし、そのくらいで良いんじゃないでしょうか?」
「でもイリス!」
 続く説教をイリスが止めようとするが、難しそうだ。
「いきなり視た双人(ふたり)があれではな。そう赦す気にもなれないか」
「かっ関係ないわよ、そんなのっ!」
「『あれ』……?」
「だから! 関係ないんだから、気にしない!」
 俺の疑問は、全力で切られてしまった。
 夜は皆で食事を摂る。
 雨音を聴きながら。ファルは終始ご機嫌だった。
 俺の中では、ファルがしばらく帰ってこなかった、という以外には特に何が起きたという事もなく、
 その一日は、俺にとっては、日常として流れていった。

「久しぶりに降ったな……」
 ディーヴァが呟く。
 前に降ったのは、吸血鬼さんを倒した次の日だったから、一週間以上ぶり。
 雨。
 雨は好き。
 雨粒が当たると冷たくて気持ちいいし、窓に当たると模様が出来て楽しいし……
 優しかったお父さんとお母さんの事も、楽しかった頃の事も思い出せるし。
 なにより――
「ほらファル。やるぞー」
「みぃ! 今日は負けないの!」
「それはこちらの台詞だ。イリスと共に、鍛錬も積んできた」
「ディーヴァさん! 今日は双人で、皆をアッと言わせてあげましょう!」
「たかだが一週間そこらの特訓で、俺が酒場で味わった苦労は上回れないぞ!」
「でも、優勝は今回もあたしがいただくわね」
「……orz(←前回、二着だった事を思い出した)」
「ウサギとカメさんなの。今日まで頑張ってきたファルたちに、だらけてたリトとティララは惨敗する運命なのっ!」
 雨の日は、今でも、とても楽しい日になったから。

 ――皆が札遊びに騒いでいる後ろで、三人の魔神の壺が、佇んでいた。
 ――その中で、この雨天の下で尚輝きを放つスカイブルーの壺。
 ――その輝きは、魔神のとあるきっかけにより、増した。
 ――彼女には、新しい力が、宿った。

☆あとがき☆

おはこんばんちは。やっぱり観る時間が判らない時は、この挨拶が妥当だと。
……ゴメンなさい。ふざけてました。
ヴィシルです。
実は、久しぶりに書いたネフェSSでした。
テーマが「雨」。それで最初に、このネタが思いついた私は、やはりファル派……(ノ∀`)
というか、直球過ぎる気がして、故に誰かと被ってしまっていないか、ちょっと不安です。
不安だけど、やっぱり書いてみました。……だってファルだし!w
ついに小説投稿コンテストも三回目。
一回目から拙作を贈らせていただいている私ですが、
今回も、こんな感じの作品を贈らせていただきました。
第三回の開催、おめでとうございます。
企画・運営をしてくださるダイスさん、私と同じく、作品を投稿された方々、
そして作品を読んで下さった方々、ありがとうございます。


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