After a storm comes a calm.

著者:小燕風

彼に悪気は無かった。
それでも彼を責めるとすれば、
彼女の装飾品に対する思いへの配慮が少しばかり足らなかった点だろう。

―――某日、イリスの道具屋、二階にて


二人が声を出したのはほぼ同時であった。


 ……あ。


彼、まるでたてがみの様な、ぼさついたオレンジ色の髪を後ろで気持ち程度束ね、
日に焼け鍛え上げられた肌に、緑を主軸とした私服を着た青年、リトの右指で、
ほんの小さい緋色の結晶がつままれ、動きが止まっている。

彼女、赤とピンクを基調とした衣服に、ピンクのポニーテル、
アクセントに金の装飾具に身をまとったリトと同じぐらいの歳に見える女性、
ティララはリトの対面の座席に座って小さく口を開いたまま、リトの左指を見つめる。
いや、正確に言えば、左指につままれ、
金の短いチェーンだけが見え、その先に隠れている金のリングを見つめている。


事の始めはこうだ。
リトはティララがいつも身に着けていた緋色のイヤリングがたまたま気になり、
ティララは大好きなリトが気にしているということで外して貸したのだ。


そして、いま、緋色の結晶とリングが二人の目の前でちょうど割れたところだった。

「みぃ、ディーヴァどうしたの〜?」
ひょっこりとファルが部屋に入ってくる。
ファルはいつもは外で晴れでも雨でも日向(?)ぼっこをして遊んでいるが、
ディーヴァが作る美味しそうなご飯の匂いにつれられてご飯時には必ず戻ってくる。
まがりなりにも魔神なので食べなくても問題は無いのだが、
皆と一緒に食べるのが楽しいのでファルにとって食事の時間は特別なものだ。
しかし、今日はいつものご飯の時間とは違う、
ただならぬ雰囲気をファルは敏感に感じとった。

ディーヴァの見ている先には、
いかにも申し訳ないという感じでディーヴァの料理をいそいそと食べるリトと、
リトが視界に入ると無性に腹が立つが、
食卓でしかディーヴァが食事を許さないので仕方なく横を向いて黙々と食べている感じのティララがいた。

「あーやって食べられては料理を作った甲斐が無いッ!!」
ぐにゃりと右手に持つおたまが90度に曲がる。
「みぃ!」
そーだ、そーだ、という感じでファルも同意したつもりで鳴く。



 ちゃーら、ちゃちゃ、ちゃーら、ちゃちゃ、ちゃーら、ちゃちゃ〜、ちゃんちゃちゃ〜ん♪

どこからともなく流れてくる映画「バックドラフト」のテーマ曲。
ニホンという国では「料理の鉄人」という料理番組のテーマとしても有名である。

「ふっふっふ……っ」
突如流れた音楽と共に徐々に暗い笑みを浮かべるディーヴァ。
横にディーヴァの急変に怯えたファルがいることに気が付いていないかのように一人呟く。
「…そうか…そうか…っ。
 いいだろう、いいともさ!
 お前たち、待っているがいい!!
 不味そうに食べるお前たちですら唸らせる究極の料理を作ってやろうじゃないかっっ!!!」
「なんだかディーヴァもおかしくなっちゃったのー!」
目を不気味に光らせ、まずは材料からだっと呟きながらディーヴァは部屋を後にする。




部屋に残ったのは相変わらずの二人とファルだけになった。

あんまりにあんまりな光景に見かねたようにファルは一つの決心をする。
「こうなったら、ファルもヒトハダ脱ぐの!」
いつも和やかな食卓だったのに、
なんだか分からないうちに美味しそうな料理が美味しそうに見えなくなっている。

リトが寝泊りする部屋へファルは移動した。
机には3人の魔神の壺が綺麗に置かれている。
「説明しよう、なの!」
ファルは一呼吸置き、誰もいない方向へ向かって説明を始める。
「リトと契約を結びし蒼き魔神ファルドゥンは、
 契約主が困っているときに『愛とクゥともじゃもじゃのドラゴン魔法少女ファル』に変身するのだッなの」
そしてファルは青い壺の中へ手を入れる。
「そして、魔法少女に絶対欠かせない魔法の道具…」

 ちゃららちゃっちゃら〜ん

「魔法のクゥなの〜」
まるで四次元ポケットのように壺からファルは青いクゥを取り出す。
見れば見るほど、ただの青いクゥにしか見えないクゥである。

「とーぜん、魔法少女になる為には呪文が必要なの!
 ブーストとはぜんぜん別次元のものなの!」
リトの部屋でただ一人、少女盛り上がる。
ファルに手懐けられて大人しく手に握られているクゥをぶんぶん振り回して呪文を唱える。
「マハリク マハリタ ヤ…………、だめなのだめなのっ!!!!!!
 もう魔法少女引退しているお年頃なのっ!!!!
 こんな呪文、少女じゃないのっ!!!!」
半分以上唱えることが出来た時点で何かが間違っている気がするが、
ファルは無かったことにしてもう一度、別の呪文を唱える。
「リリカル トカレフ キル ゼ…………」
同じように、半分以上唱えたところで気が付く。
「に…肉体言語(関節技)は魔法少女じゃないのっ!!!!
 しかもネタが万人受けじゃないのっ!!!」
自称、魔法のクゥはぶんぶんと振り回されすぎた為、目を回している。

「ふぅ、重い食事だった…」
先にティララが黙々と食事を終えて退席し、
リトも残りをやっとの思いで食べてがちゃがちゃと食器を片付けている。
「リトさん、リトさん」
ふいに背後から声がかかる。
気配も無くリトの後ろに立っていたのはイリスだった。
「ティララさんを怒らせてしまったようでお困りのようですね」
「う”…何故それを!?」
この少女は家主であり、小さき島に意識不明で流れ着いたリトを介抱してくれた恩人である。
しかしながら、リトの使役する三魔神より先に出会っている割には未だに得体の知れない部分が多々ある。
今回もイヤリングを壊したところから昼食まで、
自営する道具屋で売るための薬草を取りに行っていたはずで、
帰ってきたばかりのイリスが知っているはずが無かったのだが…。
「でも、安心してください。
 イリスはいつでもリトさんの味方です」
食器を洗うリトの右腕を抱きしめて言う。
いつも目つきが細く、にこにこ笑っているように見えるが、
稀にその若さに似合わない『どす黒さ』を感じることがあるのはリトの気のせいだろうか。
「お困りのリトさんのために、イリスは頑張ってポーションを調合しました。
 名づけて『仲直り薬』です!」
イリスの左腕はリトに絡ませたまま、
右手をいつもの前掛けのポケットにいれて、見るからに怪しい液体が入った小瓶を取り出す。
「く…薬に頼るのは…!?」
リトの声が上ずる。
ティララを怒らして困ることが多いために、すこーーーーし期待してしまっている。
「でも、リトさん…」
先ほどまでの怖いぐらいの笑顔から急にしゅんと落ち込んだ雰囲気を出すイリス。
「いま、イリスの道具屋、経営が上手く行ってないんです…。
 この薬をお店で売ってしまったら、毎日薬草摘みにいかなくてもいいかなーとか思っていたりして」
「そ…それは大変だね…」
「えぇ、居候が4人も増えているので今まで以上に稼がなくてはいけなくて…。
 どなたか心の優しい方が849104ゴールドで買って頂けたらいいのですが。
 あ、心の優しいリトさん、最初で最後のこれをタダで差し上げますよ!」



外は雲ひとつ無い晴天である。
木陰でリトはうずくまって、
右手に握られた怪しい液体の入った小瓶を見つめながら一人暗い影を落とす。
「…なんで買ってしまったんだ」
全額払った上に、しばらくの間イリスから御遣いを頼まれることとなってしまった。
ぼーっと空を見ていると、
サングラスにマスク、長いつばのついた帽子、暖かい天気の真昼間に全身を覆い隠すコート。
見るからに怪しい人物が通りかかる。
「カーミラ…?」
カーミラと呼ばれた人物は木陰で休むリトに気がつき、手を振って応える。
「いや〜、日差しがきつくてきつくて…」
そう言い訳しながら木陰へカーミラもやってくる。
「交換所のほうはよかったのか?」
この小さい町とは島の反対のほうにある交換所をカーミラは経営している。
「たまにはねー、こういう人の多いところに来ないと、
 あそこは人が来なくて寂しいヨ」
わざわざ洞窟を通って、交換のためのアイテムを集めなければならない為、
来客は自然と少なくなるだろうなと思う。
「…なんだか詐欺にあったような顔をしていたけど、大丈夫?」
バレバレだったようで素直に一部始終を話す。
こういうとき、ティララのことをよく知っているカーミラは心強い。

昔々、ただの人間が<<それなり>>に美しい女神に一目惚れをしました。
何も持っていなかった彼は彼なりに一生懸命考え、
自分の髪色と同じ色のイヤリングと共に女神に告白をし、
彼は永遠の祝福を得ることとなりました。

エメラルドブルーの海。
見渡す限りまっすぐな水平線。
さらさらと手で掬えば零れ落ちる真っ白な砂浜。
ティララはそこに少し曲がった枝でひたすら「バカバカバカ」と書き続けている。
ここはティララの壺の中。
彼女が作り上げた世界。
この空間に入れるのは、彼女か、そのマスターだけである。

「…ティララ」
史上最大の鈍感男がやってくる。
しかし、ティララは木の枝を握った手を止めるだけで、
声の主を無視して水平線をにらみ続ける。
しばらくそういう状態が続いた後、ティララが問う。
「私は契約の際、貴方の望みを聞いた。
 私は、貴方にとって、何の魔神?」

彼の答えは分かっていた。
彼でない人間の答えも分かっていた。
そのどちらも何千、何万年も前に得た答えだったから。

「ティララは、ティララだ。
 何の魔神であっても、俺のティララだ。
 だから…あの…さっきのことを許して欲しい…」

ティララは立ち上がり、振り向いてリトへ近づく。
心もち微笑んでいるように見える。
右手を上げ、リトの鼻先へびしっと人差し指を突きつける。
「私は、リトの魔神ティララ。
 しかし、あなたが現れるまで私は別の人間に使役されていた存在。
 旧きマスターの呪縛に囚われて惑う私を解き放つことが出来るのはあなただけ。
 だから、過去に勝てるぐらい強くなりなさい!」
イヤリングが壊れた瞬間、流石のティララも驚いたが、
はじめから彼女は怒ってなんかいなかった。



思い出とは懐かしむもの。
でも、思い出を懐かしむことに囚われてしまうと、
思い出を作り出すことを忘れてしまう。
どんどん、作っていこう。
そして、多くの思い出を懐かしもう。

「はい、あーん」
スプーンに載った料理の塊をリトの口へ運ぶ。
何故だか知らないが、今日の晩御飯はフルコースで高級食材が並ぶ。
ティララにスプーンで持ってきてもらったリトは「あーん」と口を開けて入れてくれるのを待つ。
どこからどう見てもバカップルのそれである。

一見、昼時と変わって幸せそうな食事風景であり、
美味しい料理を見せ付けるために頑張ったディーヴァの努力は報われているかのように見える。
しかし、プロ料理人魂を持つ彼女の目からはごまかせない。
「あれでは…どんなに美味しくても!
 どんなにまずくては同じではないかッ!!」
フライ返しが90度に曲がる。
そう、もはや二人には味はどうでも良かった。
おいし?ティララが食べさせてくれておいしいよ!うふふ…。
終始そんな状態で食べている。

ファルはまだ「マハリクマハリタ」やら「ぴぴるぴるぴる」やら、
新旧拘らず魔法の呪文を唱えるものの、様々な理由によって没になっている。
可哀想な事に、クゥはずっと握られっぱなしで振り回されているので、
だいぶ前から気を失っている。

幸せそうなティララの両耳には、
エメラルドのイヤリングが輝いていた。





「そういえば、イリスちゃん、あの薬…」
「媚…うふふ、なんでしょう♪」

あとがき

オチ最低だな!
おはこんばんちわなら、小燕風です。
えー、今回、テーマが「雨」とのことで、
考えたお話は3つでした。

1:ルーのお話
2:「雨降って地固まる」
3:雨にまつわるエトセトラ(リト・三魔神の短編集)

燕説話で行くならば、1が良いと思ったのですが、
今のところ2回連続で暗い話でしたので、
こんな明るい話も書けるぞ!ということで、
2のひたすらボケ倒しの、本当の意味で「やおい小説」となりました。
投稿してから言うのもなんですが、ゼンゼン雨降ってないね!
テーマ外れてるっつーことでコンテスト参加失格になりそうな気がバリバリします。
うん、謝っておく。
判断付け難いモン送ってしまってダイスさんごめんなさい。m(__;)m
描写で雨を降らさなかったのは単なるアマノジャクです、ええ。

話の筋を決めるのはわりかし早く、(雨を降らさないことも含む)
予定では10月末から11月前半には送ってるはずでした。
どんどん先延ばしにしてたらマジやばい感じになってしまい、
慌てて書いた次第です。
多分、コレより後には書ける時間は残されてない…と思う。





最後に、主催のダイスさん、原作のTilのみなさま、
他の投稿者の方々、ここまで読んでくださった皆様!
ありがとうございました!
第四回でもまたお会いできましたら、よろしくおねがいします。
(でも今以上に忙しそうな予感がしつつ)

                2007/11/21 writing by 小燕風


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