番外編

著者:Kai

アフターA 龍になった少女

 よいか・・・・・これは、古来より、この村に伝わる伝説。
 この事は、絶対に守らなければならぬ。
 よいか。
 壺を開けてはならぬ。
 壺には魔神が入っておる。
 壺に入っている魔神は、願いを叶える。
 壺に入っている魔神は、主を不幸にする。
 魔神の壺を開けてはならぬ。
 開ければ全ての願いが叶う。
 だが・・・・・・・
 同時に、全てを失う。

 ここは、村のはずれの女神の石柱。
 かつて、力を持っていた女神をたたえて作った遺産。
 そこには、毎日、一人の少女が来ている。
 今日は晴天。そろそろ、少女は来るだろう。
 ・・・・・来た。
「女神様。私の願いをお聞き下さい。私の父は、病に瀕しています。父を失うと、私はどう生活してよいか分かりません。お願いです。父を助けて下さい・・・・・」
 少女は、そう言い終えると、立ち上がって村へと戻る。
 今日で、何ヶ月目だろうか・・・・・・8ヶ月目までは数えられたけど・・・・・。
 変わらず、晴天の日だった。

 あれから、また数ヶ月が経った。
 雨の日だった。
 少女は、やはり来た。
 少し、様子が変だった。
「女神様・・・・・。父の病は、一向によくなりません。私は、父が死んでも悲しくないよう、向こうで、父を待ちたいと思います。せっかく与えてくれた命。無駄にしてしまいます。無礼な私をどうかお許し下さい」
 そう言って、少女は、浜辺へと・・・・・海へと向かった。
 人は、自然に無力だった。
 ・・・・・そう、『人』は、自然に無力なのだ。

 浜辺に行くと、水平線が見える。
 あの向こうには、どんな世界があるのだろう。
 今から行くのだ。あの水平線の向こうに、
 ・・・・死後の楽園へと。
 海の水に浸かる。少女は、雨で十分に濡れていたが、海は冷たく、そして、死ぬには最適の場所だと思えた。
 溺死、これが彼女の考えた死に方だった。
 ゆっくりと進むと、腰ぐらいまで浸かったあたりで、コツンと、足に何かが当たった。
 何だろう・・・・。
 自分が、死ぬ前に見たもの、それは壺だった。
 そう言えば・・・・・。
 昔、子供の頃に伝承を聞いた覚えがある。
(壺には魔神が入っておる)
 次のセリフが、
(壺に入っている魔神は、願いを叶える)
 ・・・・・・・・・!!
 少女は、壺を浜辺まで持って行き、開封した。
 そして、もちろん。
 壺に入っている魔神は、主を不幸にする・・・・・・・。

 壺からは、一人の青年が出てきた。
 魔神と聞いたので、伝記に出てくるような『悪魔』とか『龍』だと思っていたが・・・・。
『久々の地上か・・・・・懐かしいな』
 そう魔神は言った。その青年の印象と同じ声。
「あの・・・・・」
 少女は、声をかけた。魔神は、
『お前か?この壺を開けてくれたのは?』
「はい、そうですけど・・・・・」
『私の名はアドーナ、仮初めの自由を与えてくれたことを感謝する』
 アドーナと名乗った青年は、丁寧に挨拶をした。
 少女は、自分も名乗らなければいけないと思った。
「申し遅れました。私の名前は・・・・・・」
 少女は名乗る。
「ファルドゥンと言います」

「アドーナさん、お願いがあるのです」
 少女は、本来の目的を思い出した。
 父を病から救うのだ。
『ふむ、わけ有りか・・・・いいだろう、私を自由にしてくれたのだ。一つ申すがよい』
 少女の願い。それは、
「父を病から解放して下さい、お願いします」
『・・・・・・・』
 アドーナはなにやら考え込んでいた。
「あの・・・・もしかして、出来ませんか?」
 少女は、不安そうにアドーナに聞く。
『うむ、直接そなたの父を直すことは出来ぬ』
「なぜ?」
『壺を開けた者を主という。私は主であるそなたにしか、力を使う事は出来ぬ』
 つまり、アドーナは、少女にしか願いの効果を出すことは出来ないのだ。
『そこで、考えたのだが、龍の血は万能薬になる』
「つまり・・・・?」
 少女は、魔神の言っている意味を理解できていたが、それはあまりに凄いことだった。
『そなたに龍の力を与えよう。その血を飲ませれば、良くなる』
 そう聞いて、少女は決心した。
「分かりました」
『そうか、では・・・・・!!』
 アドーナは、力を込めて、少女に力をそそぎ込む。
 光が現れる。そして、次第にそれは引いていった。
『また会おう、ファルドゥンよ』
 そう言って、アドーナはどこかに行ってしまった。
 雨は、少し本降りになってきた。

 少女は急いで家へと戻った。
 そこには、ベッドで寝ている父。
 最近は、もう目を開けることすらなく、弱々しい息しか聞こえない。
 服を着替え、タオルで、雨で濡れた頭を拭く。
 父のベッドへと向かう。
「父さん。今、楽にしてあげるから」
 少女はそうつぶやいて、ナイフを取り出し、自分の腕を少し切った。

 皿には赤い液体。
 少女は、止血は後ですればいいと、その血を父に飲ませた。
 すると、
 父は見る見る顔色が良くなり。目を開ける。
 ・・・・・まさに健康そのものだった。
「ファルドゥン・・・・?私は、直ったのか・・・・・?」
「おはよう、父さん」
 涙を流しながら、父と抱き合う。まだまだ涙が溢れた。

「その腕はどうしたんだ?」
 父の復活を喜びながらの後、父はそう言ってきた。
 無理もない、娘の腕から血が出ているのだ。
「え〜っと、あの、これは〜」
 どう答えるか迷っていると父は、
「村の奴等にやられたのか?どこの子だ?」
 と、話がおかしな方向に進みかけたので、私は正直に話すことにした。
「じつは・・・・・・・・・」
 父は、話をちゃんと聞いた。
 娘は、魔神と契約して、自分は、龍となり、自分の血を父に飲ませた。と言う。
 父は驚いたが、私のためにここまで・・・・・と胸が熱くなった。
「ありがとう、ファルドゥン」
 本当に、感謝している・・・・・。

 困ったことになった。
 父は職がなかった。
 あれから11ヶ月も寝ていたのだ。
 父は職場に行くと、「新入りが多くてな、悪いが、ほかの職を探してくれ」と、答えられたのだ。
 ほかの反応もほとんど同じ。
 ついには、「自営業でもするか?」と訳の分からないことまで考えた。
 ・・・・自営業をするにも、何を売るか・・・・・
 畑の野菜は、売るほどは作っていない。
 せいぜい、数ヶ月は二人で食べていけるような量だ。
 そのまま、食べ物が無くなる・・・・・と言うことはないだろうが、近所の人から恵んで貰うのはやはり迷惑をかけるだろう。快く渡してくれるけど、いつもいつも 貰っているのではだめだ。
「父さん、夕ご飯、作ったよ」
 娘が、そう呼びに来たので、考えを中断させた。

 イモ系を主とした夕飯、決して豪勢なものではない。
 だが、娘が作ってくれた料理はうまかった。
「ところで、腕の怪我はどうなった?」
 父は、娘の腕の怪我を思い出した。
「う〜ん、もう治りかけてるけど・・・・」
「そうか、早く直るといいな。」
「うん」
 食事を始める。
 ふと、考えが浮かぶ。
 自営業・・・・・これなら出来るじゃないか!!
 自分の名案に、父は心の中で、自分に拍手を送っていた。
 少女を見て、父はほほえむ。少女もニッコリと返す。
 少女は気づかなかった。父の笑みの意味を・・・・・・

 村に、薬屋が出来た。
 売っている商品は、『奇跡の薬』一品のみ。
 赤い色をした。小さな瓶詰めの液体だ。
 効果は、『どんな病気にも効く。』
 初めは、こんな無理矢理な薬に疑いを持っていたが、ある時、
「娘が死にそうなんだ!!薬を売ってくれ!!」
 と、ある家の夫が駆け込んできた。
 それがきっかけとなった。
 その夫の娘は、瞬く間に元気になった。
 薬は、老人の動かない足、貴族の子の肺病、さらには、結婚式当日に馬車にひかれた死んだ花婿を蘇らすという力を持っていた、との噂が流れた。
 ・・・・この噂のどれも実話だった。
 薬屋は、馬車を買い、兵を買い、豪邸を建てた。

 奇跡の薬は、どんどん売れていった。
 しかし、金が増えると同時に、絶対に増えるものがあった。
 あの少女の腕の傷の数だ・・・・・。
 薬屋は、あの少女の父が経営していた。
 無論、奇跡の薬は・・・・・・・・・・。
 ある時、少女は父に聞いた。
「私を、本当に、娘として愛していますか?」
「もちろん、お前は神の子さ!!」
 父の瞳には、もはや娘など入っていなかった。

「ほしいものがあるなら、使用人に言いなさい、何でも与えよう」
 父はある日そう言った。
「何でもいい、服でも宝石でも国でも、何でもだ」
 ほしいもの・・・・・
「大切な娘のためだ。これぐらいはしてあげないと可哀想だからな」
 父は、そう言って、私の部屋を出た。
 ほしいものは、ある。
 でも、今の父では、とうてい与えることは不可能だと、少女も理解していた。

 ある早朝、少女はソロリソロリと廊下を歩いていた。
 この屋敷から抜け出すのだ。
 裏口まで行って、やっとの事、外へ出る。
 久しぶりの外だった。
 しかし、そこには・・・・・
 無数の人が、屋敷の前に立っていた。
 狙いは一つ。
「いた!!あの少女だ!!!」
 人々が、五月蠅く叫びながらこっちに来る。
 少女は駆けだした。
 村の人々は、文字通り『血に飢えて』いた。
 少女は、女神の石柱へと走っていた。
 なぜだか分からないが、そこへと走っていた。
 少女の家から、兵とかが、大量に出てきた。

 はぁはぁはぁ
 息が切れる。
 もういい。
 この世界に
 私を人として見てくれる人がいない世界に
 私をただのお金稼ぎの道具として利用する世界に
 私の居場所なんて無かったんだ・・・・・・。

 少女はそのまま海へと身投げした。
 人々は、そこを呆然と見ていた。
「見ろ、落ちちまいやがった!!」
「何だと!!オレのせいにする気か!?」
「ああ、一攫千金の夢が・・・・・」
 人々はなじり合いを続けていた。

 深海の蒼の中。
 少女に異変が起きていた。
 止めて・・・・・やめて・・・・・ヤメテ・・・・・・!!
『我が龍の血は、汝の親の暴君、死を持って償って貰う!!』
 少女の白い肌から鱗が生え、双羽が出てくる。
 やがてそこには、恐ろしい姿の龍がいた。
 一扇ぎで上昇する。
 龍が、姿を現した。

 なじり合いをしていた人々は固まった。
 少女が落ちた地点から龍が現れたのだ。
 そこには、驚愕しておもしろい顔をしている父もいた。
 ・・・・人々は醜い。己の欲望しか考えぬ。
 この娘は、どれだけそなた達を愛していたのか、
 この娘は、どれだけ一生懸命になっていたか、
 この娘が、どれだけ辛い思いをしたのか、
 汝等は、考えたことがあるのか!!!!!!!!!
 龍の瞳が、赤く、殺しの色に輝いた。

 ここは女神の石柱。
 早朝、そこには、たくさんの人々の死体・・・・・。
 胴から真っ二つの者。
 頭から足に向けて、三枚下ろしになっている人。
 もう人という原型すらない人。
 それすらも無視できてしまうような一面の朱。
 血の臭い・・・・・。
 そして、
 その中で、すやすやと眠っている少女がいた。
 今日は、雨が降りそうだ。

 昼頃、雨
 少女は浜辺に来ていた。
 全身、朱。
 青い髪も、服も、白い肌も、血だらけだった。
 そこに、アドーナがいた。
『娘よ、久しいな』
「・・・・・・」
『そのような顔をするな、最終的に龍の力を了承したのはそなただ』
「分かっています」
『ほぅ、ではなぜここに来た?』
 少女がこの場所に来た理由・・・・・。
「私は疲れました。死ねないのであれば、その壺で休ませて下さい、そうすれば、あなたも完全に自由になれます」
 アドーナは、驚いていた。
『それは、私にとって大変いい話だが、そなたはよいのか?』
「はい、再びあなたと同じように開けてくれる人がいたら、そこが私の再スタートです」
『ふむ、分かった。だがその前に・・・・・』
 アドーナは、呪文を唱えた。少女の身体から、朱色が取れた。
 血はもう付いていない。
 青い髪、白い肌。
『今度こそ本当の別れだ。さらばだ』
 アドーナは、そう言って去っていった。
 少女は、壺の中へ入った。

 私がほしいものは、
 綺麗な服なんかじゃない、
 輝く宝石でもない、
 私を中心とした国でもない、
 お金でもない、
 私は、たった一つ、
 『愛』が、ほしいだけだった。

▼Back


Warning: include_once(/home/sites/lolipop.jp/users/littlestar.jp-scl/web/w3a/writelog.php) [function.include-once]: failed to open stream: Permission denied in /home/users/1/littlestar.jp-scl/web/include/sclfooter.php on line 82

Warning: include_once() [function.include]: Failed opening '/home/sites/lolipop.jp/users/littlestar.jp-scl/web/w3a/writelog.php' for inclusion (include_path='.:/usr/local/php/5.3/lib/php') in /home/users/1/littlestar.jp-scl/web/include/sclfooter.php on line 82